新宿で出会った“読む”ゲームたち―DREAMSCAPE#3濃厚レポート

你好,我是SKOOTAGAMES的Negorabu團隊成員,Mob。在敲擊鍵盤的空檔,靜靜享受沖泡咖啡的香氣已經成為我的日常。 最近,我參加了在新宿Lumine Zero舉辦的專門針對小說遊戲的獨立遊戲展覽「DREAMSCAPE#3」。這是一個專門聚集以「閱讀」為主題的遊戲的活動,雖然相當小眾,但正因如此充滿了深刻的魅力。會場被熱愛故事的創作者和玩家的靜謐熱情所包圍。 在這次報告中,我想介紹在DREAMSCAPE#3中遇到的三款特別吸引我的個性化小說遊戲。雖然一口氣說「小說遊戲」,但其表現方式和主題各不相同。讓我們來看看那些讓人無法停止翻頁的作品。 今天一定要_不醉倒_絕對!:宅飲的夜晚,酒杯背後搖曳的“友情”和“真心” 首先介紹的是由街八ちよ製作的『今日こそは_酔い潰れない_絶対に!』。光是從標題就讓人感到一種似曾相識的親切感(苦笑)。 故事的主角是20歲的大學生「有馬」君。他和朋友辰巳君在家裡喝酒,調整酒量,目標是能夠不醉倒地持續對話,這是一款相當具有roguelike風格的冒險遊戲。可愛的像素角色與其背後的遊戲機制形成鮮明對比,若不小心喝多了就會立即遊戲結束,必須從頭開始,這樣的嚴苛難度反而激發了「這次一定要成功!」的挑戰欲望。 官方網站上也有提到,本作包含所謂的BL元素。不過,即使是像我這樣對這方面不太了解的人,角色之間的互動也讓人感到愉快,作為青春的一個清新片段來享受。然而,這款作品的有趣之處在於,它並不僅止於此。角色們在不經意間展現的舉止和台詞,正因為有BL這一元素,才讓人不禁想「接下來會發生什麼呢…?」這樣的想像力被激發,讓人感受到故事的深度,這種微妙的平衡感令人驚豔。 驚人的是,這款『今日こそは_酔い潰れない_絶対に!』目前在「小說收藏」中免費公開。每次遊玩約5分鐘的輕鬆體驗,卻有三種結局可供達成,且每個結局的條件都值得思考,這樣的精緻程度讓人難以相信是免費的。角色們細緻的像素動畫,越看越讓人產生親切感。 每當在活動中接觸到各種遊戲時,我總是會想,「只是有趣的遊戲」和「讓人想要談論的遊戲」之間,似乎有些相似卻又有所不同。這款作品正是後者,玩家們能從角色們的隨意一句話或行為中讀取不同的情感,並想要與他人分享…這樣的「空白」讓我感受到。根據開發者街八ちよ的說法,未來的新作也計劃免費公開。如果你讀到這篇文章後感到一絲興趣,不妨試著陪伴有馬君和辰巳君的宅飲之夜。 柘榴團地:日常中潛藏的“規則”和監視器後的不安視線 接下來介紹的是由きじなご製作的一人稱視角恐怖冒險遊戲『柘榴團地』。在城市的某處貼著「團地公寓日班警衛招聘中」的海報,以及隨之而來的幾條奇怪的「規則」。光是這些就已經讓人明白了吧?是的,這是一款濃厚的「拿坡里坦怪談」風格的作品。 玩家將以某種原因在「柘榴團地」擔任日班警衛,工作為期10天。主要工作是監控警衛室的監視器、接待來客,以及在團地內巡邏。然而,這裡存在著幾條必須遵守的規則。「必須向住戶打招呼」「來客必須在來客名單上寫下本名」…還有,「絕對不可以對穿白衣的女人說話」。若違反這些規則,將會遭遇難以用言語形容的危險,似乎會失去以往的平靜日常…這種暗示讓人感受到強烈的拿坡里坦風格。 遊戲操作非常簡單,採用點擊式操作。然而,這種簡單卻與整個畫面覆蓋的黑色和紅色基調、可愛的角色設計與不協調的實景背景的組合,持續給予玩家一種無法言喻的不安感和「似乎會發生不好的事情」的壓迫感。監視器的顆粒感影像、偶爾驚嚇的聲音、住戶們意味深長的話語…這種逐漸精神上被逼迫的感覺,正是優質恐怖體驗的真諦。 在這款遊戲中,我特別感興趣的是那種「似曾相識的感覺(既視感)」。在警衛室的螢幕上確認訪客並與名單對照的系統,會讓許多玩家想起那款著名的『That’s not my Neighbor』,而透過監視器察覺異變的元素則讓人聯想到『Five Nights at Freddy’s』系列。試玩後,我有機會與開發者聊了一會兒,驚訝地發現他本人提到受到了這些作品的影響。 這種「影響」若不加掩飾,反而以尊重的方式升華,並在此基礎上構建出獨特的世界觀和故事,讓我感受到製作者的認真,以及「想要創作遊戲」的強烈熱情。驚人的是,製作者開始製作遊戲的時間不久,竟然是自學到達這樣的水準。這種推進力,以及將現有有趣元素以自己的方式解釋和重構的才能,讓我深感佩服。因此,僅僅因為「這款遊戲與那款相似」的先入為主的觀念來評價本作,實在是太可惜了。如果有機會看到這款遊戲,請務必親自體驗一下『柘榴團地』的日常。 Day Day Neon Tea:第四面牆的另一邊,珍珠奶茶所連結的“體驗” 最後在這次DREAMSCAPE#3報告中要介紹的是由npckc製作的『Day Day Neon Tea』。這是一款以近未來為背景,提供珍珠奶茶給機器人和安卓人的獨特科幻小說遊戲。試玩時間約5分鐘,雖然短暫,但在這段時間內濃縮了難以忘懷的強烈「體驗」。 遊戲開始時,玩家會被「機器人規制委員會」的工作人員機器人提出幾個像心理測試一樣的問題。隨著回答問題,故事展開…不久後,該工作人員機器人會說「我稍微離開一下」,然後就消失在畫面上。這時會讓人想「咦?」但真正的驚喜在後面等著。 其實在這款遊戲的試玩台上,桌子上放著一張小冊子。隨意拿起來翻過來,裡面用手寫風格的字體寫著「不要相信委員會!!如果工作人員離開,畫面變成螢幕保護程式,請點擊畫面左上角!讀完後再翻回來!」這樣的震撼信息…。按照指示點擊畫面左上角,隨即出現了與之前完全不同的隱藏畫面,故事開始朝著意想不到的方向發展。這正是打破遊戲世界與現實之間「第四面牆」的演出,這個設計讓我感到「原來如此」的讚嘆。 老實說,這款『Day Day Neon Tea』的試玩體驗,直接想像成PC或主機遊戲的完成形狀可能有些困難。因為這是一款在「DREAMSCAPE#3」這個活動的那個地方、那個瞬間才能最大限度發光的極具實驗性和概念性的作品。 然而,正因如此,這款遊戲體驗深深刻在我的記憶中。試玩後,我看到製作者與其他玩家愉快地交流遊戲感想,突然想到,也許這款遊戲的真正目的不僅僅是單方面提供一個完整的故事,而是在這個活動的場域中,通過遊戲這一媒介,讓人與人之間相互連結,分享驚喜和樂趣,這種「體驗」本身才是設計的核心。 npckc過去也發表了許多個性化的作品,每一部都以自由的發想不受現有類型和框架的限制。此次的『Day Day Neon Tea』也許在借用小說遊戲的形式的同時,其實質上更接近於「體驗型藝術」。如果有因為「只是小說遊戲的活動」而錯過DREAMSCAPE#3的參加者,我希望你們能知道,這裡面有如此刺激且顛覆固定觀念的作品。 在DREAMSCAPE中接收到的故事“接力棒” 這次介紹了三款個性化的「閱讀」遊戲,大家覺得怎麼樣呢?宅飲夜晚中無聊對話中潛藏的人際關係微妙之處的『今日こそは_酔い潰れない_絶対に!』。日常中潛藏的規則和監視的恐懼的『柘榴團地』。以及,跨越第四面牆連結現實與虛構的『Day Day Neon Tea』。 這些作品共同讓我感受到的,是它們不僅僅是「有趣的故事」,還向玩家提出了某種問題,讓人思考,並且想要與他人分享這種體驗的「空白」和「熱量」。特別是「DREAMSCAPE」這個專注於小說遊戲的活動,讓創作者們更容易挑戰更深刻、更個人化的主題和實驗性表達。 會場雖然沒有大聲的歡呼或華麗的演出,但每個展位的開發者們都熱情地講述著自己作品的心聲,玩家們則以認真的目光沉浸在那個故事世界中…這樣的靜謐卻充滿確實熱情的空間,讓人重新認識到故事所擁有的根本力量,這是一幅美好的景象。 此次的DREAMSCAPE#3,讓我再次深思「故事是什麼」「在遊戲中講述故事的可能性是什麼」。我確實感受到從那裡遇到的優秀作品和創作者們手中接過了熱情的“接力棒”。這根接力棒,我必須將它傳遞到我自己的遊戲創作中…懷著這樣的新決心,我想結束這次的報告。

ただ面白いだけじゃない―ゲムダン8で心が“動いた”瞬間とその理由【後編】

さて、大変お待たせいたしました。「休日出勤のTGD8で見つけたのは―日常の“裂け目”を覗く三つのゲーム【前編】」に引き続きまして、ここからは【後編】をお届けします。相変わらずキーボードの傍らには、すっかりお馴染みとなった冷めかけのコーヒー、SKOOTAGAMESのネゴラブチーム所属、モブです。 【前編】では、日常に潜む“裂け目”から、ちょっぴり背筋が凍るような、あるいは好奇心を強く刺激されるような三つの作品をご紹介しました。どれもが短い試遊時間ながら、確かなインパクトと、心にズシリと残る問いを残してくれましたね。 この【後編】で焦点を当てるのは、単に「面白い」という一言では片付けられない、プレイ後にふと、自分の心を見つめ直してしまうような、そんな瞬間を与えてくれたゲームタイトルたちです。例えば、ドット絵で描かれた終末世界の物語。あるいは、深夜の食堂で“人ならざる者”と交わす会話。そして、思わず再開したあるゲームまで… これらの体験がなぜこれほど私の心を捉え、そして「ただ面白いだけじゃない」と感じさせたのか、その理由を少しばかり紐解いていきたいと思います。 いずれの作品も、あのゴールデンウィークの喧騒の中で、出展者として、そして一人のゲーム好きとして私が感じた、忘れがたい“心の動き”を残してくれたものばかりです。それでは早速、【後編】最初の作品から、その「理由」を探っていきましょう。 人のいない世界に:静寂の世界で拾い集める、1時間の「密度」に込められた詩 【後編】のトップバッターを飾るのは、今回の東京ゲームダンジョン8で、私が思わず「これは…!」と息を呑んだ一作、『人のいない世界に』です。個人で開発されているというこのゲーム、試遊時間はわずか5分ほど。しかし、その短い時間の中で体験した世界の断片は、間違いなく「ただ面白いだけじゃない」何かを私に突きつけてきました。 本作は、どこか物悲しさを漂わせるドット絵で描かれた、終末後の世界を舞台にしたアドベンチャーゲームです。試遊で操作したのは、頭部が古いコンピューターのようになっている、人型のキャラクター。彼女(彼?)は、自分と同じような姿をしたコンピューターから失われた記憶のデータを回収し、かつて人間と共に過ごした日々の断片を追体験していきます。デモ版では、一つの記憶を回収するところで「今回はここまで」と、物語のほんの序章が示されるのみでした。 しかし、このゲームが私の心を強く捉えたのは、その圧倒的なまでの「プレイの密度」です。キャラクターの繊細な動き、画面遷移の丁寧さ、UIの配置や操作感に至るまで、ゲームを構成する最小単位の一つ一つが、驚くほど誠実に、そして堅牢に作り込まれているという印象を受けました。大げさではなく、「既に完成された製品版の、冒頭5分間だけを特別に遊ばせてもらった」と言われても納得してしまうほど。試遊後、私は開発者の方に思わず「(失礼ながら)プロの方ですよね…?」と尋ねてしまったのですが、これが1人で開発されていると聞いて、二度驚いたことを覚えています。 そして、さらに私を驚かせたのは、このゲームの「総プレイ時間は約1時間を想定している」というお言葉。Steamでのリリースを目指すインディーゲームが、1時間というプレイタイムをゴールにしている。この事実は、ともすれば「ボリューム不足」と捉えられかねないかもしれないと思いつつ、あの濃密な5分間を体験した後では、その言葉はむしろ、この1時間にどれだけの情景と感情を押し詰めるのだろうか、という期待感を抱かせるものでした。 昨今、多くのインディーゲームがプレイ時間の長さを一つのアピールポイントにすることも少なくない中で、本作のように「時間あたりの体験の密度」で勝負しようという姿勢は、非常に潔く、そして何よりも作り手の強い意志を感じさせます。それは、ただ長いだけの物語ではなく、一行一行が心に刻まれる詩のような、そんな濃密な1時間をプレイヤーに届けたいという、静かな、しかし確固たる情熱の表れではないでしょうか。この短い出会いの中で、私は確かに、そんな開発者の方の「想い」に触れた気がしました。 仕事終わりにあの店で:深夜のカウンター、人ならざる者と交わす“一杯”の会話 続いてご紹介するのは、からすまぐろさんが手掛けるノベルゲーム『仕事終わりにあの店で』です。タイトル通り、仕事でくたくたになった主人公が、夜更けにふらりと立ち寄ったお気に入りの店で、個性的な「人ならざる」お客たちと出会い、言葉を交わす…そんな一風変わったコミュニケーションが楽しめる作品です。試遊では、5人の攻略対象キャラクターの中から一人を選び、約10分間のひとときを過ごすことができました。 私が選んだのは、ローブを目深にかぶった『オルーニィ』というキャラクター。黒い球体っぽい顔に一つ目、鳥の鉤爪のような手と、なかなかにインパクトの強いお客さんでした。公式曰く「あなたのことを妙に気に掛ける怪しい常連客」とのことですが、まさにその通り。他にも魅力的な人外キャラクターが多く、誰と相席するかを選ぶのは嬉しいながらも大変でしたね。オルーニィは、どこか警戒心の強い主人公(私です)に対しても積極的に話しかけてくるのですが、その親密すぎる態度に、私はついつい「何か裏があるのでは…」と勘繰ってしまい、オルーニィの言葉の真意を探るのに必死になってしまいました。もしかしたら、一番怪しかったのは私の方だったのかもしれませんが(苦笑)。 このゲームを通して、私は「人外」というジャンルに初めて本格的に触れたのですが、そこには確かに独特の魅力があるのだと感じました。それは、私たちが普段キャラクターを見る際に無意識にかけてしまう、性別や年齢といった人間的なフィルターを一旦外して、その存在そのものと向き合える、という点なかと。開発者の方が「人外が好きなんです」と語っていた言葉も印象的で、その純粋な「好き」という気持ちが、このジャンルに馴染みのない私にすら、その面白さの一端を伝え、「もっと知りたい」と思わせてくれたのでしょう。 また、本作はサウンドデザインも非常に丁寧で、深夜のお店の落ち着いた雰囲気を見事に演出していました。特に、ウェイターさんが料理を運んでくる際、相手側と自分側とで、お皿を置く音の聞こえ方が微妙に違っていたのには感心しましたね。細部へのこだわりが、作品世界のリアリティをぐっと高めている良い例だと思います。 この『仕事終わりにあの店で』、実はBoothにてすでに無料公開されているそうです。「どこか不穏だけど魅力的な」人ならざる者たちとの一夜の語らい、興味が湧いた方は、この週末にでも体験してみてはいかがでしょうか。 子どもたちの庭:賽の河原で出くわした“再会”と、インディーゲームの熱 さて、【後編】の最後を飾るのは、私にとって、そしてこの「東京ゲームダンジョン8」というイベントの意義を改めて考えさせてくれた、特別な再会の物語を持つ作品、『子どもたちの庭』です。実はこちらのゲーム、以前私のレポートでも一度ご紹介したことがあるのですが、今回、より多くの魅力を携え、さらにパワーアップして再びこの場所に戻ってきてくれました。試遊時間は約10分。以前の内容に加え、さらに多くのステージと、ゲームの背景を深く知ることができる情報が追加されていましたね。 本作ご興味のある方はぜひそちらも探してみていただきたいのですが、改めてお伝えすると、「賽の河原」という伝承をモチーフに、無邪気な教育玩具の姿を借りて“地獄”そのものを描き出すという、強烈かつアイロニーに満ちた作品です。可愛らしいビジュアルとは裏腹のテーマが、プレイ中ずっと言いようのない“気味の悪さ”として心にまとわりつき、その感覚は今回さらに研ぎ澄まされていたように感じました。 今回、私がこの『子どもたちの庭』を再び筆に取ったのは、単に昔取り上げたゲームに再会できた喜びだけではありません。数ヶ月という時を経て、このゲームが着実に内容を充実させ、間近に迫ったリリースに向けて力強く歩を進めている模様。そして、その背景にあるであろう開発者さんの情熱と努力に触れた時、私の中で何かが強く揺さぶられたのです。インディーゲームの世界では、残念ながら全ての作品が順風満帆に完成へと至るわけではありません。それは、同じく“何か”を生み出そうともがく者として、痛いほど理解できる現実です。 だからこそ、本作のように困難を乗り越え、より魅力的になって帰ってきた作品との再会は、格別の感慨がありました。「開発者に締め切りを売るイベント」と主催者が語る東京ゲームダンジョンが、クリエイターたちの確かな推進力となり、作品を世に出すための素晴らしい循環を生んでいる。その一つの美しい実例を、この『子どもたちの庭』が示してくれたように感じました。これは、単に一つのゲームが完成に近づいたという話ではなく、インディーゲームという世界で日々奮闘する全ての作り手にとっての、小さな、しかし確かな希望の光ではないでしょうか。 もちろん、ゲームそのものの完成度も、以前体験した時からさらに磨きがかかっていました。子供たちの無邪気な声と不協和音が混じり合う独特のサウンドは、本作の持つアイロニーをより深く印象付けます。この、愛らしさと残酷さが同居する世界で、プレイヤーが最終的に何を感じ取るのか。その答えを確かめられる製品版のリリースが、今から本当に待ち遠しい、そんな希望を感じさせてくれる再会でした。 東京ゲームダンジョン8:祭りのあと、心に残った“熱”と“問い” さて、【前編】・【後編】と二度にわたりお届けしてきた「東京ゲームダンジョン8」のレポートも、いよいよ大詰めです。初めての出展参加は、嬉しい悲鳴の連続でしたが、あの会場の熱気と数々の個性的なゲームたちが心に残したものは、やはり特別なものでした。 【前編】でご紹介したゲームたちとはまた異なる形で、【後編】でお届けした『人のいない世界に』、『仕事終わりにあの店で』、そして『子どもたちの庭』は、それぞれが私の心を深く揺さぶり、「ただ面白いだけじゃない」確かな手応えと、多くの思索の手がかりをくれました。作り手の「好き」という純粋なエネルギー、言葉を交わすことの温かさ、そして一つの作品が成長し続ける姿がくれる希望…。そういったものが、今回のゲムダン8で私が受け取った、何よりの“お土産”だったように感じます。 出展者として会場を歩き回り、たくさんの来場者や開発者の方々と短いながらも言葉を交わす中で感じたのは、インディーゲームという世界が持つ、底知れないほどの可能性とそこに集う人々の純粋な熱意でした。この「東京ゲームダンジョン」という場が、そうした熱意をさらに大きなうねりに変え、新たな才能を世に送り出す素晴らしい循環を生んでいることを、今回改めて肌で感じることができました。 たくさんの刺激と、いくつかの個人的な宿題(主にネゴラブの進捗ですが…それはまた別のお話)を胸に、この祭りのような二日間を振り返っています。次にこの熱気に触れる時、私はどんなゲームと出会い、そしてどんな新しい“問い”を心に抱くことになるのでしょうか。 楽しみにしつつ、私はそろそろ定時なので帰ります。それではまた。

「しつこい」は嫌だけど…! 私が宣伝を繰り返してみようと思ったワケ – 二葉のインディーゲーム宣伝奮闘記 #1

こんにちは。SKOOTA編集部の月森二葉です! 実は私、SKOOTA編集部で記事作りにくわえて、4月からSKOOTA GAMESでインディーゲームの宣伝・リリースを担当することになりました! まだ担当になったばかりで、今は右も左も分からない状態なんですが、どうすれば自分たちのゲームを多くの人に知ってもらえるか、インディーゲームについて、日々勉強中です! この記事を読んでいる皆さんは、きっとご自身でもゲームを作られていたり、インディーゲームに詳しかったりする方も多いと思います。私もいちゲーマーとして普段から色々なゲームに触れているんですが、その中でずっと思っていたことがあるんです。 良さげなゲームと出会うの、難しすぎる! そう思いませんか? 情報が溢れる今の時代、「これだ!」と自分の好みにピッタリ合うゲームを見つけるのって、結構大変ですよね……。もちろん、探すこと自体が楽しい、というときもあるんですが。 これは私たちのようなゲームをリリースする側にとっても同じく、いや、もっと大きな課題です。たくさんのゲームや情報の中で、どうすれば自分たちのゲームが埋もれてしまわずに、プレイヤーの皆さんの目に留まるんだろう? これはまさに私たちが日々頭を悩ませている切実な問題ですが、同じように悩んでいる開発者の方も多いんじゃないでしょうか? この疑問をどうにかしよう! と色々調べたとき、まずは「多くの人に見てもらうこと」が大事で、そのためにもゲームの顔となる「ストアページの見せ方」や「紹介トレイラーの作り込み」みたいな、基本的な工夫が大事! と書いてあることが多いんじゃないでしょうか。もちろんこれは、もうホントその通り! ……なんですけど、そういう情報って、既に色々なところにありますし、皆さんもよく意識されてますよね。 一方で、いざ具体的にやってみよう! って思うと、「基本は分かった! でも、じゃあ次に何を、どんな順番で、何に気をつけてやればいいの!?」みたいに、具体的だったり細かいところで迷ったり、情報が足りないなーって感じたりしませんか?(少なくとも初心者の私は、まさにそこで「うーん!」ってなっちゃってます!) そこでこの連載では、「ストアページの見た目を良くしよう!」、「すごいトレイラーを作ろう!」みたいな一つの要素を作り込むお話はちょっと横に置いといて、そういう「いざやるぞ! って時に迷っちゃうポイント」とか、「言われてみれば確かに!」って見落としがちな視点に注目して、私なりに調べて「なるほど!」って思ったことや、多くの人が楽しんでいる作品を生み出した人たちがどう工夫してるのか、みたいな情報を皆さんと共有していきたいと思います! 記念すべき第1回のテーマは、そんな情報発信の根幹に関わるかもしれない「宣伝の『繰り返し』」について。「何度も同じこと言ったらウザいかな……?」みたいに、私が最初に「うーん!」と悩んだこのポイントについて、調べて考えたこと、そしてそれをもとにやってみようと計画していることをお話しします! この記事が、皆さんのゲームを多くの人に届けるためのヒントになったり、「よし、こうしてみよう!」って思うきっかけになったら、すごく嬉しいです! 私も学びながらなので、ぜひ一緒に考えていきましょう! 一回言ったら、もう終わりでいい? さて、今回のテーマは「宣伝の繰り返し」です。 ゲーム開発をしていると、発信する情報って本当に色々ありますよね。渾身のトレイラー公開や発売日発表みたいな大きなニュースはもちろん、日々の開発進捗、ちょっとしたゲームのTips、イベント出展のお知らせとか、本当に様々。 【も知らせ】3/29 #ゲームパビリオンjp2025 🍑「ええっ!? ふとももで…魂を…挟む!?」 そう、これが「ももっとクラッシュ」。あなたの想像を超えた新感覚リズムゲームを、現在制作中です!今回、ブース『う-5』にて新キャラ実装のバージョンでお待ちしています🦵#SKOOTAGAMES #ももクラ pic.twitter.com/L7GpmS42af — 【公式】SKOOTA GAMES🎮25/05/04@東京ゲームダンジョン8【3T-6】初参戦💪 (@SKOOTAGAMES) March 28, 2025 ゲーム作りには情報発信はつきもの。どんな発信もできれば沢山の人に見て、楽しんでもらいたいですよね。 で、そういう情報を、例えばSNSで「よし、投稿したぞ!」って発信する時って、なんとなくそこで「はい、伝達完了!」みたいな気持ちになっちゃいませんか?(私はそうでした) でも、本当に一回だけで「伝わった」って、結構不安じゃないですか? 反応が少ないことも多くて、むしろ「ちゃんと届いたかな?」「見てもらえたかな?」って、どこか不安が残ったり。だからこそ、「もう一度言った方がいいかな?」って思うわけですが、いざ「同じような話を繰り返す」となると、ためらいが生まれてしまう……。そんな経験、ありませんか? 私はまさにそれで、「一度言えば伝わるはず」「何度も言うのは、なんだか申し訳ない気もするし、迷惑かも」って、どこかで無意識に「繰り返し=悪」みたいに思い込んでいたフシがあります。(皆さんはどうですか?) でも、自分が「受け手」になったら……? そんな風に悩んでいたある時、ふと「じゃあ、自分が好きなコンテンツの情報だったらどうだろう?」と考えてみたんです。自分が心待ちにしているゲーム、大好きなアニメや漫画、応援しているクリエイターさんの活動……。 思い返してみると、例えば「待望のゲームの発売日が決定!」とか「好きなアニメの続編制作が決定!」みたいな自分にとって“大事な”ニュースって、発表直後だけじゃなくて、発売日が近づいてきたり、新しい情報が小出しにされたりするたびに、何度見かけてもむしろ嬉しいのかなって思いました。 「おお、もうすぐ発売だ! 予約しなきゃ!」とか、「そういえば、特典情報ってどうなってたっけ?」とか、「この前見逃してたPV、やっぱり最高!」みたいに、繰り返し情報に触れることで、期待感が高まったり、情報を補完できたり、熱量を再確認できたりする。そんなポジティブな体験の方が多い気がしたんです。 「大事な情報」は、繰り返してこそ届くのかも この「受け手としての感覚」は、けっこう大きな発見でした。もちろん、どんな情報でも繰り返せば良いというわけではないと思います。興味のない人にとってはノイズになり得るし、伝え方や頻度には工夫が必要なのは間違いないはず。 でも、少なくとも、私たちのゲームを「気になる」「面白そう」と思ってくれている(かもしれない)人たちにとっては、重要な情報を適切な形で繰り返し届けることは、必ずしも「悪」ではなくて、むしろ、届けたい相手にとっては『親切』や『責任』って側面もあるのかも……? なんて、少しずつ思うようになったんです。 実際、あるアニメのアカウントでは、「最初のお知らせより、二度目のお知らせの方が倍近くも話題になった」なんていう話もあるくらいです。 これ、すごく面白いですよね! なんで、そのアカウントでは二回目のお知らせの方がグッと話題になったんでしょうか? もしかしたら、最初の投稿は見逃していた人や、その時はまだピンと来てなかった人も、二回目の投稿までの間に他のニュースとかで見て『あ、これ気になるかも!』って気持ちがだんだん温まってきていたタイミングだった、とか……? そういう、受け取る側の準備みたいな理由もあるのかなあ。いずれにしても、タイミングや文脈次第で、情報の響き方って本当に変わるんですね。 💐••┈┈┈┈       TVアニメ化決定「きみが死ぬまで恋をしたい」 ┈┈┈┈••💐 「生きたい」なんて、知らなかった。 🪄https://t.co/pLrtx4tPGS#きみ死ぬアニメ pic.twitter.com/zIDKDew9DM —