実際あの地域に住まれる方々からクレームがあったんですね。「怖すぎる」って。(筆者訳) ‐ホラン、2014年7月9日 2011年、韓国のWebtoon界を揺らがした事件があった。 当時公開された作品が、「怖すぎる」という理由で話題になったのだ。果たしてどういう内容で、ここまで話題を呼んだのか。 当時の私は今とは違ってホラー系に全く耐性がなく、故に当時話題になっていた作品も数年たってから読み始めたりしていた。 その例の一つが前の回でちらっと名前だけ紹介した、『戦おう幽霊よ』(2007)という作品。ホラージャンルであるにもかかわらず、特有のユーモアと面白いストーリー性で人気を博していた。おそらく途中からギャグ漫画に路線を変えてなかったら、私は今まで目を通していなかったかもしれない。 それ故にもちろん、当時話題になった「怖すぎる」Webtoon作品なんて私に見れるはずがない。でもWebtoonとしては珍しくマスコミで取り上げられたり、海外で話題になったというニュースを聞いた私は、大決断を下すことになる。放課後、そうやって私は教室に5人くらい友達を集めてWebtoonを読んでいた。 あんな滑稽なことをしてまで読もうとした作品とはいったい何だったのか。それは、『2011年度ホラー短編集』にあがって来た二編のエピソード「オクス駅の幽霊옥수역 귀신」と「ボンチョドンの幽霊봉천동 귀신」である。 ちなみに本作品は前回の『強いやつ』とは違って、4年前にLINE漫画にでも『2020怪談短編集』という名前として載せられた。そのせいで各々のタイトルも「プラットフォーム幽霊」「裏参道の幽霊」という名前に変わっている。 この短編集の9・10話が話題のエピソードである。ホラー苦手な人は閲覧注意🚫 今になって読んでみると、そこまで怖いと感じない人も多いのではないだろうか。 私も13年ぶりにこの作品を読み直して、「なぜ当時の自分はそこまで怖がっていただろう」と笑ったりもした。でもどう考えてもその理由は明らかである。それは、ただ13年前のWebtoonに「こんなとんでもない作品はなかった」からだ。 本作品を書いたWebtoon作家のホランは、当時としては考えられない破格的な演出をよく作品の中で披露していた。その試みの一環として今回の作品で注目されたのは、「3DソフトとFLASHを用いたアニメーション効果」である。ただ止まっているだけでも怖い、いや、止まっているのがごく当然であったホラーのWebtoonが、目の前で急に動き出すなんて当時の読者には考えられなっかたんだろう。 上述したエピソードの中、「オクス駅の幽霊」(日本名:プラットフォーム幽霊)では3Dソフトを使って手が画面から飛び出るような演出をしている。しかし、もっと注目してほしいのは「ボンチョンドンの幽霊」(日本名:裏参道の幽霊)のほう。リマスターされた今はただ「オクス駅の幽霊」と同じく、3Dのイメージが飛び出るような形をしているが… このエピソードが登場した13年前は、FLASH機能を使って強制的にユーザーのスクロールをおろし、数枚の絵をまるで動いているように見せる、いわばパラパラ漫画の演出を試みた最初のWebtoon作品だった。 技術的な話でいうと、今のWebtoonは出版漫画をウェブに持ち込んだだけのレベルにとどまっていると思うんです。デジタル媒体こそ表現できる、ユーザーの操作に反応してみせる「インタラクティブ・トゥン」の製作技法の基準を立てたい。(筆者訳) -ホラン、2014年05月23日 前回の話の続きになるが、今のWebtoonを定義する一つの基準は「スマホ・タブレットに適した読み方」である。 しかしその以前に「紙ではなくデジタル媒体で漫画を読んでいる」という大前提を、我々は見逃しがちである。 紙は自分で読むテンポの調節ができる。 紙の絵は自分でパラパラしない限り、動かない。 紙の漫画は音を出さない。 このように当然として考えていた(紙の)漫画の常識が、デジタルに変わることで覆される。ホランは当時の人々が無視、もしくは見逃してしまったことにようやく疑問を示してきた唯一のWebtoon作家だった。 Webtoon読者はもちろん、普段興味のなかった人々でさえ衝撃に落としたこの二作をきっかけに、Webtoon界は少なからずの変化を迎える。 一番著しい変化として、WebtoonにBGMが入るようになった。今はWebtoonサイトからBGMを入れる機能が追加され、そんなに珍しくない手法になっているが、2010年代の前半までホランの手助けなしにBGMを入れることは不可能に近かったため、ホランの名前は多くの作品のクレジットに寄せられていた。 Webtoonの読み方において迷走していた2010年代後半に至っても、ホランの名前は相変わらず膾炙されていた。スマホの画面に合わせたコマを一枚一枚と横にスワイプするスマート・トゥーンから、スクロールの動きに合わせて絵が動くというムービング・トゥーン、スクエアのコマを横に流すカットトゥーンまで、ホランはWebtoonに変化の火をもたらしたプロメテウスとして語られ続けた。 Webtoonが今の形にたどりつくまで、その読み方は様々な試みを経ていた。 漫画とアニメーションの境界線にあるジャンルを、外国では「モーション・コミックス」と呼ぶ。韓国では2011年度に公開されたホラン作家のWebtoon『オクス駅の幽霊』がその始まりだといわれている。(筆者訳) ホランは単に「絵が動き出す作品」を作り出したわけではない。ホランが生み出したのは読者すらも忘れかけていた、「紙じゃなくてデジタルで漫画を読んでいるという自覚」だった。 今になっても絵が動くようなWebtoon作品はかなり珍しいとみなされている。しかし、スマホが普及され、タブレットで読みやすくなった今のWebtoonの形にたどり着くためには、必ずこの自覚が必要になってくる。 今回は投稿する内容上、作品の中身には深く触れていない。しかしこの文章を読んでいる読者の中には、Webtoonの歴史を自ら体験し、その変化に少しでも触れたいという人もいるだろう。そういうファッショナブルなあなたにおすすめしたいこの作品は… パク ジュヒョン 1998年生まれ、韓国出身。今年から日本のアニメスタジオで働いている。15年以上Webtoonを読み続け、先読みの課金に10万円以上を費やしたことに気付く。現在は課金で費やした分をビュー数で稼ぎたい気持ちでWebtoonの記事を書いている。
松浦直紀の旅 編集後記
今回はアニメーション監督の松浦さんとの収録を行った。その中での会話からその創作への情熱と哲学が深く伝わってきた。今回は、彼の歩んできた歴史とその中で培われた考えた方、そして自主制作作品『火づくり』の背景や制作過程を更に掘り下げてみたい。簡単な章立てにしてトピックを分けて話したい。 幼少期からの創作への情熱と影響 松浦さんの創作活動の原点には、幼少期からの多様な影響が色濃く反映されている。彼の漫画への初めての熱中は、藤子・F・不二雄の『ドラえもん』に始まり、『ドラゴンボール』や『アキラ』、さらには『寄生獣』など、数多くの作品から影響を受けてきた。これらの作品は、松浦さんの感性を育み、創作のエネルギー源となった。 特に、『ドラえもん』は松浦さんにとって初めての漫画体験であり、ストーリーテリングやキャラクター作りにおいて強い影響を与えた。『アキラ』の「暴力的で美しい」というキャッチコピーに惹かれたエピソードは、松浦さんの創作哲学の一端を垣間見せている。こういった漫画体験が礎になって作られている彼の作品には、単純な勧善懲悪ではなく、複雑な人間の感情や状況を描くことに価値を見出す姿勢が反映されていると感じるのにも納得する。 創作哲学と人生観 松浦さんは、幼少期の「お腹の中の小人さん」や「サンタクロース」などの原体験から、社会の暗黙の了解についての気づきを得たという。これらのエピソードは、松浦さんが現実とフィクションの境界に対して敏感であり、その曖昧さを作品に反映させることが多いことを示している。彼の作品がただのエンターテインメントではなく、深い哲学的な問いかけを含んでいる理由がここにあると感じたエピソードであった。 音楽と映像のシナジー 松浦さんの作品において、音楽は重要な役割を果たしている。『AKIRA』における芸能山城組の音楽や、兄蔵さんとの出会いといったエピソードからも、音楽が彼の創作における大きなインスピレーション源であることがわかる。押井守監督の「映画の半分は音楽だ」という言葉を引用しながら、松浦さんは音楽と映像のシナジーを強調している。彼の作品における音楽の選び方や使い方は、単なる背景音ではなく、物語の一部として機能しているのだと感じる。 松浦さんと今敏監督の邂逅 アニメーション監督の松浦さんが振り返る今敏監督との出会いは、彼のキャリアに大きな影響を与えた瞬間であるのだと改めて感じることができた。特に印象深かったのは、『ホッタラケの島』のチラシを見せた際、今敏監督が「日本のアニメが培ってきたものが何も生かされてねえよ」という言葉を放った瞬間である。この一言は、松浦さんにとって大きな衝撃となり、その後のキャリア形成において重要な示唆を与えたと考えられる。 今敏監督の言葉には、彼自身のアニメーションに対する深い洞察と批評が込められていた。松浦さんがその場で感じたのは、今敏監督が感じていた単なる技術的な指摘を超えた、日本のアニメーションの伝統とそれを継承しないことへの失望感であったのではないか。この指摘は、松浦さんにとってアニメを再評価のきっかけとなり、その後の作品制作において一層の努力を促すものであったと考えられる。 日本アニメの継承と革新 今敏監督の「日本のアニメが培ってきたものが何も生かされてねえよ」という言葉には、深い意味が込められている。日本のアニメーションは、長い歴史の中で独自の表現技法と美学を築き上げてきた。しかし、現代の技術進化の中で、これらの伝統的な技法が十分に生かされていないことへの批判でもある。 松浦さんもまた、この言葉を受けて自身の作品に対する反省と新たな挑戦を促されたと考えられる。彼の作品には、CG技術の導入と共に、伝統的なアニメーションの美学を融合させる試みが見られる。これは、単なる技術的進化に留まらず、日本アニメの精神を受け継ぎつつ、新しい表現を追求する姿勢を示している。 押井守監督とのエピソード 松浦さんが経験したもう一つの重要な出会いは、押井守監督との対話であった。特に、「フォトショップなんて何年も起動してねえよ」という言葉は、松浦さんにとって衝撃的なものであった。この言葉は、監督には技術だけでなく、ビジョンやコミュニケーション能力が重要であることを示している。 また、「やりたいことは次にとっておけばいいじゃない」という押井監督の言葉は、一度に全てを成し遂げようとせず、長期的な視野を持つことの大切さを教えている。これは、クリエイティブな仕事において、計画性と持続的な努力の重要性を示すものであり、示唆深い言葉であり、忍耐を感じる言葉だ。 押井監督の言葉は、松浦さんに制作進行としての視点を超えた広い視野を持つことの重要性を教えた。これは、彼の後のキャリアにおいて、制作進行としての経験を生かしつつ、監督としての独自のポジションを確立する手助けとなった。 これらの監督たちからの言葉を生で受けた松浦監督の経験は、若手クリエイターにとって非常に貴重な教訓となると思う。彼の歩んできた道のりは、技術や表現方法にとらわれず、自分自身のビジョンを追求し続けることの重要性を示している。また、様々な出会いや言葉から学び、それを自身の成長に繋げる姿勢は、多くのクリエイターにとって励みとなるだろう。 『火づくり』のテーマと背景 『火づくり』は大阪の堺市に実在する鋏鍛冶職人、佐助さんをモデルにした作品である。江戸時代末期から続く歴史ある鍛冶屋で、現在は五代目の平川康弘さんがその伝統を受け継いでいる。松浦さんがこのテーマに興味を持ったのは、友人の青池さんが佐助さんのサポートをしているという縁からであった。 鋏鍛冶の職人が作る鋏の切れ味に感動した松浦さんは、その技術と美しさをアニメーションで表現しようと決意した。切れ味の良い鋏を手にした瞬間に感じた感動は、視覚や聴覚だけでは捉えきれない、身体全体で感じるものであった。これをアニメーションでどのように表現するかが、『火づくり』の大きな挑戦の一つであった。 『火づくり』の中でも特に注目すべきは、鍛冶のシーンである。松浦さんは、このシーンを通じて職人技の緻密さと美しさを描くことに注力した。鋏を打つシーンの描写は、視覚的なリアリズムを追求しつつも、アニメーションならではの豊かな表現力を駆使している。熱さや硬さといった物質の質感を視覚と聴覚で伝えることで、観る者に身体全体で感じる感覚を呼び起こさせる。 制作過程とクラウドファンディング 『火づくり』の制作にはクラウドファンディングが大きな役割を果たした。松浦さんは、自主制作作品を支えるために、クラウドファンディングを通じて多くの支援者から資金を集めた。特に、音楽ユニットUQiYOの参加は、作品の質をさらに高める要因となった。 UQiYOのYuqiさんとのコラボレーションは、松浦さんが彼らの音楽に一目惚れしたことから始まった。彼らの楽曲『TWiLiGHT』に感銘を受けた松浦さんは、自ら彼らのライブに足を運び、直接アプローチした。この積極的な姿勢が、UQiYOとのコラボレーションを実現させ、作品に深い音楽的要素を加えることに成功した。 身体性と作品の関係 松浦さんが作品を通じて伝えたいと考えているのは、身体性の重要性である。現代社会では視覚や聴覚に偏りがちだが、身体全体で感じる感覚の価値を再認識することが重要だと考えている。鍛冶職人の仕事を通じて感じることができる感覚や、道具を手にした瞬間の重みや切れ味の感触は、視覚や聴覚だけでは捉えきれないものであり、それをアニメーションで表現することが『火づくり』の目的の一つである。 佐助さんの鋏と150年の歴史 松浦さんは、佐助さんの鋏を手にしたとき、その背後にある150年の歴史と職人たちの思いを感じたと語る。彼は、この歴史と伝統をアニメーションで表現することに大きな意義を見出し、現代の技術や文化が進化していく中で、長い歴史を持つ技術や伝統をどのように受け継ぎ、未来に伝えていくかが重要な課題であると考えた。 『火づくり』は、単なる職人技の記録にとどまらず、その背後にある歴史や文化、そしてそれを継承する人々の思いを描くことで、観る者に深い感動を与える作品になるだろうと感じる。 最後に 松浦さんの『火づくり』は、彼のアニメーション制作における哲学と情熱が詰まった作品である。クラウドファンディングを通じて多くの支援者と共に作り上げたこの作品は、視覚や聴覚を超えた身体全体で感じる感覚を大切にしている作品として仕上がった。 今後も松浦さんが新たな作品を通じて、伝統と革新を融合させながら、アニメーションの可能性を追求し続けることを期待していつつ、『火づくり』が多くの人々に観られ、その感動を共有する機会が増えることも願っている。 (執筆:迫田祐樹)
「そもそもタテヨミじゃないよ」Road to Webtoon #1
「いや、僕Webtoonよりはマンガ派なんで。」 こういう言葉を耳にしたことがある。 時は大学時代。友達との話し合いでWebtoonの話題が出てしまい、10年以上Webtoonを読んできたオタクの自分には我慢できず、おすすめの作品リストを語り出そうとするところだった。 しかし突然宣言された「Webtoonよりマンガ派」というアイデンティティに、ぼうっとしてきた私は友達に問い直す。 「じゃ、お前が知ってるWebtoonってなんだよ。」 今は2024年、Webtoonが国境を越えて爆発的な人気を博している時代。その中にはグローバル化の波に乗って、韓国・日本・中国・アメリカ各地で読まれている人気作品もたくさんある。その作品の共通点と言えば… LINEマンガの総合ランキングに入ると見れる作品たち。なんとなく既視感を感じる 「転生」「回帰」「復讐」…思い出してほしい。皆さんが知っているWebtoonの中で、この単語を含めない作品は果してどれぐらいあるだろうか。 友達と話した後、私は家に戻ってすぐネットに「Webtoonとマンガの違い」を検索してみた。 サイトによって各々の違いはあるだろうけど、大体言ってるのは同じ。 ①スマホとタブレットに最適した、縦読みの方式②表現の違い(カラー、コマ切りのスタイルなど)③読者の違い(サクッと読めるので、読者がライト) ふむふむ、なるほど。興味深い話だ。ではこれはどうだろう。 時は遡って16年前。小学校の4年生になった私は、たまに親戚の家を訪れていた。遊びに行くといとこの兄がいて、いつもパソコンでゲームか、ネットサーフィンをやっている。 そんな中である日、兄は珍しくマンガを読んでいた。もちろんパソコンの画面越しで。「マンガは本で読むのでは?」と思っていた私はふと気になってしまい、あのマンガのタイトルを聞くことになる。どこでも見たことのない、ちょっと不気味な顔をしていたキャラをみて、兄はクスクスと笑いながら答えた。 2006年から2020年まで連載した超人気作品『ココロの声』。見ての通り、キャラの顔が特徴的である それが韓国でWebtoonの全盛期を告げた、歴史に名を残す作品になるとは私は夢にも知らなかった。でも安心してもいい。ここでWebtoonの成功神話を語り出すつもりは全くないのだ。 私がここで確かめておきたいのは、「スマホのない時代、どうやってWebtoonって縦読みになったんだろう」という、極めて単純な疑問である。 私がWebtoonに触れ始めていた2000年代から、すでにWebtoonは漫画に厳しい韓国社会に浸透しつつあった。まだ市場の規模は小さいけれども、絶え間なくビュー数を増やしていた人気作品のおかげで、縦読みというWebtoonの特徴に異議を申立てるユーザーは少なかったのである。 では、これから当時の作品を(絵だけもいいので)ざっくり見てみよう。 2006年から2007年度に連載を始めた人気作品。韓国語でしか読めないが、無料で閲覧できるので第1話だけざっくり見通してほしい どうだろう。ほぼ20年前の作品とはいえ、今とはだいぶ違う様子をしているのでは。以上の作品は別に人気のない作品を、自分で適当に拾ってきたわけではない。すべてが当時のNAVER WEBTOON(日本のLINEマンガ)でTop10を占めていた、超絶人気作品だったのである。 ちょっとダサいとか、普通だとかといった個人的な感想は後にして、自分が見て気になったところを言わせていただきたい。 「あれ、これってマンガとたいして違ってないよね?」 そう。コマとコマを分けて横に読むマンガ。 マンガのページをそのまま縦に並べるだけで、当時のWebtoonの形になってしまう。では再び「Webtoonとマンガの違い」その①に戻ろう。Webtoonは果して、「縦読み」なのか? Webtoonが今の形になるまでの話はこれからゆっくりしていきたい。なので、この時点で作品を一つだけ紹介しよう。それは上でも説明した歴史的な作品『ココロの声』…ではなくて、同じ時代にまた別の人気を博していた当代最高のアクション系『強いやつ쎈놈』(2008)のことである。 残念ながらこの作品の日本語版はない。読みたいならNAVER WEBTOONにあるこの作品を、自分で翻訳して読むしかないのだ。 しかしここでは、韓国語が読めないWebtoon読者のために簡単に説明しておこう。『強いやつ』は一文章で言うと、「ロマンスもラブコメもない、ひたすら最強になりたい男の汗臭いケンカ話し」なのである。 ガン・テヨブ「ダメだ、ダメ!俺が歩む道は修羅の道!俺が尊敬してやまない歴史、神話の強者たちは皆ソローの道を歩んでいた!強者の道に女は必要不十分!俺たちは無敵のソロー部隊だ!」(筆者訳) -『強いやつ』第4話 もちろん、カップルもちゃんといる。ただ、いないと思っても良いほど、その比重があまりにもないだけだ。 主人公ガン・テヨブは、中学時代からある地域を鎮めるほどケンカに強い不良だ。しかし彼のモチベはあくまで、今より『強いやつ』になること。ケンカに強いからって一般の学生を脅かすとか、物を奪ったりもしない。ひたすら強いやつとのケンカにしか興味がない、バカ男なのである。 ガン・テヨブ「(今まで勝った相手を思い出しながら)あいつらは今更考えてみると、どう勝てたのかすら怪しいほど強敵だったな…血と汗を流しながら死ぬ覚悟で追いかけ、ようやく倒したバケモノめ…こいつらとの闘いで分かったのはただ一つ。敗北。あの泥沼からなんとなく這い上がれた時こそ、俺は強くなれた。悪いけど、この俺にはサイヤ人の血が流れているんだ。本当にありがとう。心から感謝しているよ。おかげさまで俺はもっと強くなるんだ。」(筆者訳) -『強いやつ』第13話 そういう彼が新しい学校に転校したことで、『強いやつ』の物語は始まる。もちろん遠く未来からの転生とか、帰還の要素があるわけでもない。ましてはSSS級のチートもないので、ガン・テヨブはたまには負けたり、たまには卑怯になったりもしつつ、少しながら人間として成長していく。 ここまで聞いた人はこう思っているかもしれない。 「普通のマンガの話じゃん。なに偉そうにいってるの?」 そう。説明だけ聞くとただのアクション系不良マンガにすぎないようなこの作品が、どこをみてそんなに特別だというのか。 ここで読者の皆さんに伝えたいのは、『強いやつ』は単なるアクションマンガではなかったということである。ほぼ初めてだと言ってもいいくらい、縦読みのシステムを理解した上で破壊的な演出を加えた、正真正銘の「Webtoon作品」なのである。 NAVER WEBTOONで無料公開している『強いやつ』第6話より引用。 当時としては先駆的だった『強いやつ』について、パク先生は以下のように述べている。 「何にせよ一番目に開いてみたマンガが『ドラゴンボール』だった世代なんで。もちろんそのほかにある色んなジャンルも好きなんですけど、私がデビューしてた時期って、ひときわアクションがWebtoonにはなかったんですね。今もそうですけど当時はデビューの争いが激しくて、それなら自分だけの競争力を生かしてアクションをやってみたかったんですね。これならいけると思ってました。」(筆者訳) ここでパク先生は「アクション系ならストーリーはどうでもいいと思っていた」と、自嘲的なコメントも添えているが、むしろ『強いやつ』のプロットは作品の強みだといってもいいくらい、今まで好評されている。 ガン・テヨブ「あいつは弱い。兄貴も強がってるだけで実は弱い。まるで俺のオヤジみたいに。けど、俺はそれよりよっぽど弱い。だから少しは強くならないと、そう思った。」 (筆者訳)-『強いやつ』第48話 チェ・ガンドゥ「友達が欲しかった。冗談ができる、たまにはケンカもする、気楽に一緒に過ごせるような…危ないときは背中を任せるような…俺より弱い友達が欲しかったんだ。」(筆者訳) -『強いやつ』外伝編の第13話