那麼,讓我們久等了。「在假日出勤的TGD8中發現的——窺視日常的“裂縫”的三款遊戲【前篇】」接下來將為您帶來【後篇】。一如既往,鍵盤旁邊擺著的,是早已熟悉的冷卻咖啡,來自SKOOTAGAMES的Negolove團隊,Mob。 在【前篇】中,我們介紹了三款作品,這些作品從日常中潛藏的“裂縫”中,帶來了一絲背脊發涼的感覺,或者強烈激發了好奇心。雖然試玩時間都很短,但它們無疑留下了深刻的影響和令人深思的問題。 在這個【後篇】中,我們將聚焦於那些無法僅用「有趣」一詞來概括的遊戲標題,它們在遊玩後讓人不禁反思自己的內心。比如,描繪末世世界的點陣畫故事。或者,在深夜的食堂中與“非人類”進行的對話。還有,讓人不禁重新開始的某款遊戲……這些體驗為何如此深深吸引了我的心,並讓我感受到「不僅僅是有趣」,我想稍微解釋一下這些原因。 每一款作品都在那個黃金週的喧囂中,作為參展者,以及作為一名遊戲愛好者,留下了我難以忘懷的“心靈動作”。那麼,讓我們立即從【後篇】的第一款作品開始,探索其「理由」。 在無人之境:在寂靜的世界中收集一小時的「密度」所蘊含的詩 作為【後篇】的開場作品,是我在此次東京遊戲地牢8中不禁驚呼「這是…!」的一款作品,『在無人之境』。這款遊戲是由個人開發的,試玩時間僅約5分鐘。然而,在這短短的時間裡,我所體驗到的世界片段,無疑向我提出了「不僅僅是有趣」的某種挑戰。 本作是一款以略帶悲傷的點陣畫風格描繪的後末日世界為背景的冒險遊戲。在試玩中操作的是一個頭部像舊電腦的人型角色。她(他?)將從與自己相似的電腦中回收失去的記憶數據,並重溫曾經與人類共度的日子片段。在演示版中,僅在回收一個記憶的地方顯示了「這次到此為止」,故事的僅僅是序章。 然而,這款遊戲讓我深深吸引的原因在於其壓倒性的「遊玩密度」。角色的細膩動作、畫面切換的精緻、UI的佈局和操作感,每一個構成遊戲的最小單位都給人一種驚人的誠實和堅固的印象。毫不誇張地說,甚至可以讓人相信「這已經是完成的產品版的前五分鐘特別遊玩」。試玩後,我不由自主地問開發者「(失禮了)您是專業人士吧…?」但聽說這是由一個人開發的時候,我記得我驚訝了兩次。 ゲムダンで好評だった、メニュー画面を開く演出#人のいない世界に pic.twitter.com/6lSH6IDDVp — ゆーじ / 夜路地 (@yuji_ap) May 9, 2025 而更讓我驚訝的是,這款遊戲的「總遊玩時間預計約為1小時」的說法。目標在Steam上發行的獨立遊戲,將1小時的遊玩時間作為目標。這一事實可能會被解讀為「內容不足」,但在體驗過那濃密的五分鐘後,這句話反而讓人期待這1小時內將會壓縮多少情景和情感。 近年來,許多獨立遊戲將遊玩時間的長短作為一個賣點,而本作卻選擇以「每小時的體驗密度」來勝負,這種姿態非常乾脆,並且最重要的是讓人感受到創作者強烈的意志。這不僅僅是一個冗長的故事,而是每一句都刻印在心中的詩,這樣濃密的1小時希望能夠傳遞給玩家,這是靜謐而堅定的熱情的表現。在這短暫的相遇中,我確實感受到開發者的「想法」。 下班後在那家店:深夜的櫃檯,與非人類者交談的“一杯”對話 接下來要介紹的是,由からすまぐろ製作的小說遊戲『下班後在那家店』。如同標題所示,疲憊不堪的主角在深夜隨意造訪的最愛店裡,遇見了個性獨特的「非人類」客人,並與他們交流……這是一部可以享受這種獨特溝通的作品。在試玩中,我可以從五位攻略對象角色中選擇一位,度過約10分鐘的時光。 我選擇的是一位名叫『奧魯尼』的角色,他深深地戴著斗篷。黑色球體般的臉上有一隻眼睛,像鳥爪一樣的手,給人留下了深刻的印象。官方表示他是「對你特別關心的可疑常客」,這正是如此。還有許多其他迷人的非人類角色,選擇與誰同桌雖然令人高興,但也相當困難。奧魯尼對於有些警惕的主角(就是我)積極地搭話,但他過於親密的態度讓我不禁懷疑「他是不是有什麼陰謀……」,因此我拼命想要探究奧魯尼話語的真意。或許,最可疑的其實是我自己(苦笑)。 透過這款遊戲,我第一次真正接觸到「人外」這個類別,確實感受到其獨特的魅力。這是因為它讓我們暫時擺脫在觀看角色時無意識中施加的性別和年齡等人類過濾器,能夠直接面對其存在本身。開發者提到「我喜歡人外」的話語也讓我印象深刻,那種純粹的「喜歡」的感情,讓我這個對這個類別並不熟悉的人,也能感受到其趣味,並激起了我「想要了解更多」的心情。 此外,本作的音效設計也非常用心,完美地營造了深夜商店的寧靜氛圍。特別是當服務生端上菜時,對面和自己這邊的盤子放下的聲音聽起來微妙地不同,讓我感到驚訝。對細節的堅持,無疑提升了作品世界的真實感,是一個很好的例子。 這部『工作結束後在那家店』,其實已經在Booth上免費公開了。「雖然有些不安但又迷人的」與非人類的存在共度一夜的故事,對此感興趣的朋友,不妨在這個週末體驗一下。 孩子們的庭院:在賽的河原邂逅的“重逢”與 獨立遊戲的熱情 那麼,作為【後篇】的結尾,將帶來一個特別的重逢故事,讓我重新思考這個「東京遊戲地牢8」活動意義的作品『孩子們的庭院』。其實這款遊戲,我之前在我的報告中介紹過一次,這次帶著更多的魅力,進一步升級再次回到這個地方。試玩時間約為10分鐘。除了之前的內容,還增加了更多的關卡和能深入了解遊戲背景的信息。 對這款作品感興趣的朋友,請務必去尋找一下,但再次告訴大家,這是一部以「賽的河原」的傳說為主題,借用無邪的教育玩具的形象描繪“地獄”本身的強烈且充滿諷刺的作品。可愛的視覺與主題形成鮮明對比,讓人在遊玩過程中始終感受到一種難以言喻的“毛骨悚然”,這種感覺在此次似乎更加尖銳了。 這次,我再次提筆寫下『孩子們的花園』,不僅僅是因為能夠重逢於曾經介紹過的遊戲的喜悅。經過幾個月的時間,這款遊戲穩步充實內容,朝著即將到來的發行大步邁進。而當我接觸到背後開發者的熱情與努力時,我內心深處被強烈觸動。在獨立遊戲的世界裡,遺憾的是並非所有作品都能順利完成。這是作為同樣努力創造“某種東西”的人,深刻理解的現實。 展位的景象與幾個月前並沒有太大變化,但遊戲的內容卻有著驚人的進化。 正因如此,像本作這樣克服困難、變得更加吸引人的作品的重逢,讓我感到格外的感慨。主辦方所稱的“向開發者出售截止日期的活動”的東京遊戲地牢,成為創作者們堅實的推動力,產生了將作品推向市場的美好循環。我感覺這部《孩子們的花園》正是這一美好實例之一。這不僅僅是某款遊戲接近完成的故事,而是對於在獨立遊戲世界中每天奮鬥的所有創作者來說,都是一束小而確實的希望之光。 當然,遊戲本身的完成度也比我之前體驗時更加精緻。孩子們天真的聲音與不協和音交織的獨特聲音,更深刻地印象了本作所擁有的諷刺。在這個可愛與殘酷共存的世界裡,玩家最終會感受到什麼。能夠確認這個答案的產品版發行,讓我對重逢充滿期待,這樣的希望讓我感到無比期待。 東京遊戲地城8:祭典結束後,心中留下的“熱”與“問題” 果然,最後如果沒有這個會感到寂寞呢。 那麼,經過【前篇】和【後篇】兩次的報導,「東京遊戲地城8」的報告終於來到尾聲。第一次參展的經歷,讓我感受到連續的驚喜與感動,但那個會場的熱情和眾多獨特的遊戲所留下的印象,確實是特別的。 與【前篇】中介紹的遊戲不同,【後篇】中呈現的《在無人世界中》、《工作結束後在那家店》,以及《孩子們的花園》,各自深深觸動了我的心,給了我「不僅僅是有趣」的確實感受和許多思考的線索。創作者的「喜愛」這種純粹的能量、交流的溫暖,以及一個作品持續成長的樣子所帶來的希望……這些都是我在此次遊戲地城8中所獲得的最珍貴的“紀念品”。 作為參展者在會場中走動,與許多來賓和開發者進行短暫的交流中,我感受到獨立遊戲世界所擁有的無限可能性和聚集在那裡人們的純粹熱情。這個「東京遊戲地城」的場所,將這種熱情轉化為更大的波瀾,創造出一個將新人才推向世界的美好循環,這次我再次深刻體會到了這一點。 懷著許多的啟發和一些個人的作業(主要是關於NegoLove的進展……那是另一個故事),我回顧這兩天如同祭典般的經歷。下次當我再次接觸到這股熱情時,我將會遇到什麼樣的遊戲,又會心中懷抱什麼樣的新“問題”呢? 期待著,我該回家了,因為快到下班時間了。那麼,再見。
「しつこい」は嫌だけど…! 私が宣伝を繰り返してみようと思ったワケ – 二葉のインディーゲーム宣伝奮闘記 #1
こんにちは。SKOOTA編集部の月森二葉です! 実は私、SKOOTA編集部で記事作りにくわえて、4月からSKOOTA GAMESでインディーゲームの宣伝・リリースを担当することになりました! まだ担当になったばかりで、今は右も左も分からない状態なんですが、どうすれば自分たちのゲームを多くの人に知ってもらえるか、インディーゲームについて、日々勉強中です! この記事を読んでいる皆さんは、きっとご自身でもゲームを作られていたり、インディーゲームに詳しかったりする方も多いと思います。私もいちゲーマーとして普段から色々なゲームに触れているんですが、その中でずっと思っていたことがあるんです。 良さげなゲームと出会うの、難しすぎる! そう思いませんか? 情報が溢れる今の時代、「これだ!」と自分の好みにピッタリ合うゲームを見つけるのって、結構大変ですよね……。もちろん、探すこと自体が楽しい、というときもあるんですが。 これは私たちのようなゲームをリリースする側にとっても同じく、いや、もっと大きな課題です。たくさんのゲームや情報の中で、どうすれば自分たちのゲームが埋もれてしまわずに、プレイヤーの皆さんの目に留まるんだろう? これはまさに私たちが日々頭を悩ませている切実な問題ですが、同じように悩んでいる開発者の方も多いんじゃないでしょうか? この疑問をどうにかしよう! と色々調べたとき、まずは「多くの人に見てもらうこと」が大事で、そのためにもゲームの顔となる「ストアページの見せ方」や「紹介トレイラーの作り込み」みたいな、基本的な工夫が大事! と書いてあることが多いんじゃないでしょうか。もちろんこれは、もうホントその通り! ……なんですけど、そういう情報って、既に色々なところにありますし、皆さんもよく意識されてますよね。 一方で、いざ具体的にやってみよう! って思うと、「基本は分かった! でも、じゃあ次に何を、どんな順番で、何に気をつけてやればいいの!?」みたいに、具体的だったり細かいところで迷ったり、情報が足りないなーって感じたりしませんか?(少なくとも初心者の私は、まさにそこで「うーん!」ってなっちゃってます!) そこでこの連載では、「ストアページの見た目を良くしよう!」、「すごいトレイラーを作ろう!」みたいな一つの要素を作り込むお話はちょっと横に置いといて、そういう「いざやるぞ! って時に迷っちゃうポイント」とか、「言われてみれば確かに!」って見落としがちな視点に注目して、私なりに調べて「なるほど!」って思ったことや、多くの人が楽しんでいる作品を生み出した人たちがどう工夫してるのか、みたいな情報を皆さんと共有していきたいと思います! 記念すべき第1回のテーマは、そんな情報発信の根幹に関わるかもしれない「宣伝の『繰り返し』」について。「何度も同じこと言ったらウザいかな……?」みたいに、私が最初に「うーん!」と悩んだこのポイントについて、調べて考えたこと、そしてそれをもとにやってみようと計画していることをお話しします! この記事が、皆さんのゲームを多くの人に届けるためのヒントになったり、「よし、こうしてみよう!」って思うきっかけになったら、すごく嬉しいです! 私も学びながらなので、ぜひ一緒に考えていきましょう! 一回言ったら、もう終わりでいい? さて、今回のテーマは「宣伝の繰り返し」です。 ゲーム開発をしていると、発信する情報って本当に色々ありますよね。渾身のトレイラー公開や発売日発表みたいな大きなニュースはもちろん、日々の開発進捗、ちょっとしたゲームのTips、イベント出展のお知らせとか、本当に様々。 【も知らせ】3/29 #ゲームパビリオンjp2025 🍑「ええっ!? ふとももで…魂を…挟む!?」 そう、これが「ももっとクラッシュ」。あなたの想像を超えた新感覚リズムゲームを、現在制作中です!今回、ブース『う-5』にて新キャラ実装のバージョンでお待ちしています🦵#SKOOTAGAMES #ももクラ pic.twitter.com/L7GpmS42af — 【公式】SKOOTA GAMES🎮25/05/04@東京ゲームダンジョン8【3T-6】初参戦💪 (@SKOOTAGAMES) March 28, 2025 ゲーム作りには情報発信はつきもの。どんな発信もできれば沢山の人に見て、楽しんでもらいたいですよね。 で、そういう情報を、例えばSNSで「よし、投稿したぞ!」って発信する時って、なんとなくそこで「はい、伝達完了!」みたいな気持ちになっちゃいませんか?(私はそうでした) でも、本当に一回だけで「伝わった」って、結構不安じゃないですか? 反応が少ないことも多くて、むしろ「ちゃんと届いたかな?」「見てもらえたかな?」って、どこか不安が残ったり。だからこそ、「もう一度言った方がいいかな?」って思うわけですが、いざ「同じような話を繰り返す」となると、ためらいが生まれてしまう……。そんな経験、ありませんか? 私はまさにそれで、「一度言えば伝わるはず」「何度も言うのは、なんだか申し訳ない気もするし、迷惑かも」って、どこかで無意識に「繰り返し=悪」みたいに思い込んでいたフシがあります。(皆さんはどうですか?) でも、自分が「受け手」になったら……? そんな風に悩んでいたある時、ふと「じゃあ、自分が好きなコンテンツの情報だったらどうだろう?」と考えてみたんです。自分が心待ちにしているゲーム、大好きなアニメや漫画、応援しているクリエイターさんの活動……。 思い返してみると、例えば「待望のゲームの発売日が決定!」とか「好きなアニメの続編制作が決定!」みたいな自分にとって“大事な”ニュースって、発表直後だけじゃなくて、発売日が近づいてきたり、新しい情報が小出しにされたりするたびに、何度見かけてもむしろ嬉しいのかなって思いました。 「おお、もうすぐ発売だ! 予約しなきゃ!」とか、「そういえば、特典情報ってどうなってたっけ?」とか、「この前見逃してたPV、やっぱり最高!」みたいに、繰り返し情報に触れることで、期待感が高まったり、情報を補完できたり、熱量を再確認できたりする。そんなポジティブな体験の方が多い気がしたんです。 「大事な情報」は、繰り返してこそ届くのかも この「受け手としての感覚」は、けっこう大きな発見でした。もちろん、どんな情報でも繰り返せば良いというわけではないと思います。興味のない人にとってはノイズになり得るし、伝え方や頻度には工夫が必要なのは間違いないはず。 でも、少なくとも、私たちのゲームを「気になる」「面白そう」と思ってくれている(かもしれない)人たちにとっては、重要な情報を適切な形で繰り返し届けることは、必ずしも「悪」ではなくて、むしろ、届けたい相手にとっては『親切』や『責任』って側面もあるのかも……? なんて、少しずつ思うようになったんです。 実際、あるアニメのアカウントでは、「最初のお知らせより、二度目のお知らせの方が倍近くも話題になった」なんていう話もあるくらいです。 これ、すごく面白いですよね! なんで、そのアカウントでは二回目のお知らせの方がグッと話題になったんでしょうか? もしかしたら、最初の投稿は見逃していた人や、その時はまだピンと来てなかった人も、二回目の投稿までの間に他のニュースとかで見て『あ、これ気になるかも!』って気持ちがだんだん温まってきていたタイミングだった、とか……? そういう、受け取る側の準備みたいな理由もあるのかなあ。いずれにしても、タイミングや文脈次第で、情報の響き方って本当に変わるんですね。 💐••┈┈┈┈ TVアニメ化決定「きみが死ぬまで恋をしたい」 ┈┈┈┈••💐 「生きたい」なんて、知らなかった。 🪄https://t.co/pLrtx4tPGS#きみ死ぬアニメ pic.twitter.com/zIDKDew9DM —
出会いは終わらない!雨の川越インディー探訪~ぶらり川越 GAME DIGGレポート【後編】
こんにちは、モブです。SKOOTAGAMESのネゴラブチームに所属しています。雨の中お届けした川越 GAME DIGGレポート、今回はその【後編】となります。 【前編】では、一杯のうどんに地域コミュニティの熱い想いが込められていた『湯斬忍者』、そして「コエトコ」という特別な空間で、プレイヤー自身が旋律を奏でるという忘れられない音響体験をさせてくれた『MeloMisterio -play your melody-』という、雨の中でも際立つ個性を持った二つの作品をご紹介しました。どちらも、単にゲームシステムが面白いという評価だけでは語り尽くせない、深い余韻を私の中に残してくれましたね。 さて、この【後編】で焦点を当てるのは、もう少し個人的な感覚や記憶、あるいは遊びの本質といった部分に、より深い印象を受けた二つの作品です。それは、画面を通して作り手の優しい眼差しそのものに触れるような感覚であったり、あるいは、すっかり忘れていた「みんなで集まって遊ぶ」ことの原風景を、鮮やかに思い出させてくれるような体験であったり。 一つは、まるで会場となった川越の、あの日の雨上がりの空気までも丁寧に描き出しているかのような、温かく優しい雰囲気のゲーム。そしてもう一つは、難しい理屈は抜きにして童心に返り、思わず声を上げてしまうほど、協力して遊ぶことのプリミティブな熱狂と楽しさを、改めて実感させてくれたゲームです。 どちらの作品も、あの日の雨の中で、そしてぶらり川越 GAME DIGGという少し変わったイベントだからこそ出会えたからこそ、より強く私の記憶に刻まれているのかもしれません。では、【後編】最初の作品となる、心温まる里山の冒険から、じっくりと見ていくことにしましょう。 里山のおと 春さんぽ:雨音に溶け込むタヌキの小さな冒険と、忘れかけた視点 『MeloMisterio』の美しい音色の余韻に浸りながら会場を歩いていると、まるで導かれるように次なる素敵な作品、『里山のおと 春さんぽ』と出会いました。プレイしてまず強く感じたのは、「もしかして、この川越 GAME DIGGというイベントのために作られたのでは?」と思えるほど、会場の雰囲気、そして当日のしっとりとした雨模様に、驚くほど自然に溶け込んでいたことです。大げさではなく、周りのブースからも「このゲーム、すごく雰囲気に合ってるよね」という会話が聞こえてきたほどだったので。 ジャンルはポイント&クリック形式のアドベンチャー。友達キツネくんからの「桜の下でお弁当を食べよう」という心温まる手紙を受け取ったタヌキくんが、目的の桜の木を探して冒険に出かけます。道中で出会う動物たちの助言や、道端で見かける植物を注意深く調べて得られる手がかりを頼りに、正しい道を探し当てて進んでいく…という内容です。どこか遠い昔の記憶を呼び覚ますようなストーリー展開と、水彩の筆遣いを思わせる温かみのあるアートデザイン。外は冷たい雨が降りしきっていましたが、ゲームの中だけは満開の桜がプレイヤーを優しく迎えてくれました。 絵本のような雰囲気ですが、抱いたのは「意外なほど、しっかり”ゲーム”としての手触りがある」という感想でした。私たちが普段想像する壮大な大冒険ではなくても、「友達に会いに行く」という、ささやかでミクロな冒険の中にだって、プレイヤーがゲームに期待する「試行錯誤する面白さ」や「発見の喜び」は十分に詰め込めるのだ、と深く感銘を受けただけです。 プレイヤーは手に持っている図鑑や、動物たちのアドバイスを元に、周囲の植物を注意深く観察することになります。そして、特定の植物の特徴を手がかりにして、目の前に現れる分かれ道のどちらがゴールの桜の木へと続いているのかを推理していく…。まるで小学生の頃の自由研究の課題のような、微笑ましくもちゃんと頭を使う探索体験に、気づけば短いプレイ時間ながらすっかり没頭していました。 こうした体験がなぜこれほど心に残るのか。それは、作り込まれた壮大な物語に没入する楽しさとは別に、こうしたミクロな視点から描かれる世界に触れることで、作り手が普段どんな眼差しで身の回りの自然や世界に触れているのか。その温かい視点の一部を追体験できるからではないでしょうか。正直、子供時代には持っていた、けれど知らず知らずのうちに失ってしまう感性や視点というものは、きっと少なくないはずです。このゲームは、そんな忘れかけていた何か…小さな発見に喜ぶ気持ちを、そっと掬い上げてくれるような、プレイヤーとしてはただただ有り難い時間を提供してくれました。 ところで、この素敵なゲームに私がたどり着いた経緯においても、少し面白いエピソードがあります。実は、『MeloMisterio』と同じ会場「コエトコ」の片隅、テーブルの上にふと置かれていた一枚のポストカードが、全ての始まりでした。白い紙に描かれた美しい桜の木のイラストに心が惹かれ、何気なく手に取ってみると、裏面には可愛らしい四コマ漫画が描かれていました。ゲームの大まかな導入部分がそこで紹介されており、「なんだこの可愛いゲームは」と感嘆し、そのままブースへと足を運んでしまったのです。この一枚は今後も特に大切にしまっておくつもりです。 そのポストカード同様、関連グッズも繊細で魅力的でした。特にブースで配布されていた栞のデザインはどれも秀逸で、思わず全種類を手に取ってしまったほど。ちなみにこの栞、投げ銭50円から、と案内がありましたが、とてもそんな価値ではいただけないと思い、勝手ながら一枚50円計算で4種類分、200円をお支払いさせていただきました。…と、ここまでは良かったのですが、なんとその際にお財布をブースに置き忘れるという大失態をやらかしちゃいました。もし、私の顔を制作者さんが覚えていなかったら、あの土砂降りの雨の中、東京から再び川越まで財布を取りに戻るという悲劇に見舞われるところでしたね。その節は本当にありがとうございました… インディーゲームには制作者さんの「好き」が色濃く反映されますが、時にプレイヤーを選ぶことも。本作も植物や動物への深い愛情を感じますが、その表現がユニークで温かいためか、普段馴染みのない人でも自然と惹きつけられる魅力があります。それはまるで、自分の専門分野について誰よりも楽しそうに、そして熱っぽく語る人の話に、テーマ自体への興味はそこそこでも、その熱意や人柄に惹かれて思わず聞き入ってしまう時の感覚に近いのかと。このゲームは、もしかしたら自分の中にも眠っているかもしれない、「道端の草花や小さな生き物を愛でる心」と久しぶりに再会させてくれた、貴重な体験となりました。 PONKOTS:予測不能な”ポンコツ”が生む、最高のカオスと協力の熱狂 さて、今回のレポートで紹介する最後のゲームであり、そしてこの雨の川越 GAME DIGGで、個人的に一番「面白い!」と感じ、そして一番大声で叫びながらプレイしたのが、この『PONKOTS』です。もう名前からして、ただならぬ「何か」が起こりそうな予感がしますね。 このゲームのコンセプトはすなわち、「互いに弱点をフォローし合う」ということ。3人から最大8人でプレイ可能な、協力型の2Dカジュアルアクションなのだそうです。世界観としては、プレイヤーは小さなオモチャたちを操作し、互いに助け合いながら、悪いブリキの王様たちから逃げて生き延びる…という、可愛らしい見た目とは裏腹に、どこか闇っぽさも感じさせるストーリーが背景にある様子。基本的なルールは意外とシンプルで、プレイヤーたちに向かって飛んでくる砲弾(ホウダン)に当たらないよう、ひたすら逃げ回るのが大前提です。 ただしここで強烈なひねりが。特定時間毎にランダムで一人、「ポンコツ」なり操作不能状態に陥ってしまうのです。他のプレイヤーは動けなくなった仲間がホウダンに当たらないよう、必死で押し出して位置をずらしたり、時には自らが盾になったりして守らなければなりません。刻一刻と状況が変わる中で、瞬時の判断力と仲間との呼吸が試されるのです。 説明だけではピンと来ないかもしれませんが、このゲームの面白さは体験しないと100%伝わらないタイプかなと。ただし私の体験では、イベント試遊で間違いなく一番声をあげていたゲームでした。もちろん、雨が降る屋外に近い会場で、多少大声を出しても大丈夫だったという前提条件が付きますが。 最低3人から、というのが少しネックで、一人参加の私は諦めかけましたが、制作者の方二人が快く加わってくださり即席プレイがスタート。初対面なのに、まるで旧知の友人の家に集まってスマブラでも始めるかのような、和気あいあいとした雰囲気の中で、簡単なゲーム説明を受け、気づけばオモチャたちを必死に操作していました。実際のプレイには更に多くの要素がありますが、確かなのは「息つく暇もないカオス」を連続的に演出し、皆が「うわー!」「そっち行った!」「助けてくれー!」と悲鳴にも似た歓声を上げながら、それでも笑いが止まらない、最高のパーティーゲーム体験だということ。もちろん、制作者さんの盛り上げも素晴らしかったです。 この面白みを例えると、常に「時限爆弾のタイマーが残り1秒で、赤か青か、正しい色のコードを切らなきゃ」的な状況が続いていることかなと。ポンコツ化、砲弾、ギミック等全てが予測不能な「ワチャワチャ感」のために計算されています。90年代風レトロアートやガチャガチャと鳴る金属質な効果音、焦燥感を煽るアップテンポなBGMも、切迫感を増幅させていました。そして体験の核が「ランダム性」の絶妙な使い方。多くの要素がランダムに決まることで、プレイヤーは常に不安定さと不確実性の中に置かれます。予期せぬ脅威にアドリブで対応するしかない。この「不安」が協力しなければという一体感を生み、最終的に「爆笑」へ昇華されるのです。このゲームをプレイして、「ああ、本当に面白い協力ゲームって、こういう熱狂を生み出すものだよな」と、改めてその理想形の一つに触れたような気がしました。 …と熱く語りましたが、少し個人的で突飛かもしれない考察を一つ(私の勝手な解釈です)。本作は、ある意味で現代における”アンチ・テーゼ”としてのゲームなのかも、と感じました。というのも、昨今のゲームは洗練されたソロ体験や個人のスキル重視が主流に感じますが、『PONKOTS』の協力はもっとプリミティブ。「ポンコツ」になった仲間を周りが文字通り体を張って必死で助ける、相互扶助そのものに重きを置いています。「個」の熟練度よりも「場」の一体感や、「みんな」でいることの偶発的な楽しさ、友達の家で騒ぐあの原風景こそが本作の核ではないか、と。 「ランダム性」の扱いも同様です。多くのゲームでランダム性は「便利な万能調味料」的に使われがちですが、『PONKOTS』では違う。プレイヤーを助けるのではなく、むしろ脅かし、カオスと協力せざるを得ない切迫感を生む「揺らぎ」として機能しているのです。だから悲鳴を上げつつ笑ってしまう。それは、子供の頃、友達みんなでトランポリンに乗って、不安定な足場にまともに立っていられずに転げ回りながらも、なぜかみんなで大笑いしていた、あの時の感覚にとても近いのかもしれません。 制作者さんとは深い話はできませんでしたが、何よりも、初対面の私に対して、あれほど熱心に、そしてご自身も最高に楽しんでプレイに付き合ってくださったことに、心から感謝の気持ちを伝えたいです。普通、協力プレイが前提のゲームを一人で試遊するのは物理的にも心理的にもハードルが高いことが多いですが、『PONKOTS』に関しては、「このゲーム、絶対に誰かと一緒に遊びたい!」という気持ちが、プレイ後、非常に強く込み上げてきました。これは本当に久しぶりの感覚です。まだ制作中のゲームとのことですが、「このゲームがリリースされる日までに、一緒に腹を抱えて笑い転げられる友達を、ちゃんと作っておかないと」 そんな、未来への妙な決意(?)と期待感まで抱かせてくれた、素晴らしい作品との最高の出会いでした。 雨の川越、ゲームとの一期一会 さて、ここまで雨天の中開催された川越 GAME DIGGで出会い、心を掴まれた4つの個性的なインディーゲーム、『湯斬忍者』、『MeloMisterio -play your melody-』、『里山のおと 春さんぽ』、そして『PONKOTS』について語ってきました。どれも、あの日の天気、あの場所でなければ、また少し違った印象を受けたかもしれない…そんな、まさに一期一会と呼ぶにふさわしい出会いだったように思います。 正直なところを言えば、イベントの大きな特徴であったはずの「オープンタウン型」というコンセプトは、残念ながら降り続いた雨によって、そのポテンシャルを最大限に体験するには少し難しい状況だったかもしれません。パンフレットを片手に、歴史ある川越の街並みを散策しながら点在するブースを巡る…という、当初思い描いていた理想的な楽しみ方は、叶わなかった部分も確かにあるでしょう。 しかし、だからといって、このイベントでの体験が無意味だったかと問われれば、答えは断じて「否」です。『湯斬忍者』が教えてくれた、ゲームを通じた地域コミュニティの熱意と新たな交流の可能性。『MeloMisterio』が響かせた、歴史的建造物というリアルな空間とデジタルアートが融合する、不思議なな音響体験。『里山のおと』がそっと気づかせてくれた、日常のすぐそばに潜む小さな冒険と、忘れかけていた優しい視点。そして『PONKOTS』が叩きつけてきた、協力プレイというものの原初的な熱狂と、笑いの絶えない最高のカオス。 これら一つ一つの強烈なゲーム体験は、たとえ悪天候という逆風の中であっても、いや、むしろそんな状況だったからこそ、より一層その輝きを増し、私の記憶に深く、そして鮮やかに刻まれたのかもしれません。それぞれのブースで、雨にも負けず、自らの「好き」と「作りたいもの」を形にし、訪れる私たちと情熱的に繋がろうとしていた開発者の方々の真摯な姿も、間違いなくその輝きを後押ししていました。結局のところ、どんな状況であろうとも、面白いゲーム、心を動かすゲームというのは、その本質的な魅力を決して失わないものなのだな、と改めて実感した次第です。 今回の川越
