Itzy、Twice、Niziu…普段K-popに詳しくない人でもその名前だけは聞いたかもしれない、有名グループの振付を担当したコレオグラファーかつ映像ディレクターのEUANFLOWさん。
もう10年近く韓国でダンススタジオ(ALiEN Studio)を運営してきた彼は、2022年度を起点として日本にも進出しつつある。振付だけではなく、コンテンツ自体の制作にもディレクターとして関わっているEUANFLOWさんは、どうしてダンサーではなくコレオグラファー、さらにディレクターの道に歩みだしたのか。
そして、日本進出における彼自身のビジョンとその思いとは。今回SKOOTAでは彼の「生の思い」を聞くために、通訳のシン・ウィスさんも交えて本人と韓国語でのインタビューを行った。
インタビュイー:EUANFLOW
25年間プロダンサーとして活動中。2016年からALiEN DANCE STUDIOを設立し、代表を務めている。
■WORK
・NiziU – Take A Picture, ASOBO
・TWICE – Perfect World, Fake&True etc.
・ITZY – Dalla Dalla
・PRISTIN V – Spotlight
・gugudan – Be My Self, Not That Type
他多数
読書好きのおとなしい子供を変えた“ダンス“の流行「自分がテレビに出るなんてちっとも思ってなかった」
[blogcard url=”https://www.aliendancestudio.com/”]
――インタビューを始める前に、EUANさんの名前をはじめて聞いたかもしれない方々のために自己紹介をお願いします。
EUANFLOW:はじめまして、私は韓国で25年間プロダンサーとして活動してきたEUANFLOWといいます。今は韓国で9年間ALiENというダンスの会社を運営しています。これから日本と韓国の文化をつなげつつ、今までやってきたように、日本でも素晴らしいアーティストをプロデュースしてみたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。
――今までSKOOTAは様々なクリエイターさんと話してきたのですが、EUANさんのような方にインタビューするのは初めてです。まず最初に、ダンスを始めたきっかけを聞いてもいいですか。
EUANFLOW:私が小学校3年生の時に、テレビでヒョン・ジンヨンとかソテジワアイドゥルみたいなアーティストが出てきたんですね。それが面白そうだったから趣味として真似たりして、それが楽しかったんです。
それまでの自分は、本をよく読んでいて、勉強も頑張るタイプで。でも、ダンスを始めてからはほぼそれしかやってなかったですね。高校まで趣味でダンスをやってましたが、自分がダンスでテレビに出るなんてちっとも思ってなかったんです。
そんな中で、ある日、僕にダンスを習っていた友達が冬休みにプロのダンスチームのオーディションを受けて合格しちゃったんです。だから「俺に習ったやつが受かったなら俺にでもできるな」と思って、次のオーディションを受けて自分もそのチームに入ったんですね。
――当時(1990年代前半)はダンス歌手の全盛期とでもいえますよね。そうやってテレビというメディアを通してダンスに触れる以前は、本を読むのが大好きなおとなしい子供だったということで。
EUANFLOW:そうですね。すごいおとなしい子でした(笑)。ゲームも好きだったんですけど、それ以上に本をたくさん読んでましたね。
――ダンスを始めて、周りの反応はどうでしたか。
EUANFLOW:実は周りの親戚たちからは、(自分が)ちっちゃいときから本ばかり読んでいたから、将来きっとえらい人になると期待してたみたいなんですね。「判事とか検事になるんじゃないか」って。でもダンスを始めてから勉強がつまらないと感じてきて、「高校進学を辞める」とまで言ったんです。中学時代にダンスばかりで勉強やってなかったのに、高校進学したら勉強するなんてありえないと思っていたので。すると、すべての親戚から「高校は卒業しないと!」と言われてしまいました。
当時PC-286とか386が発売された時期だったので、「ならプログラマーになりたい」と思ってその分野の高校に進学しましたね。でもその高校のダンス部で例のダンスを教えていた友達に出会って(笑)。それが始まりでしたね。
――今でも高校進学を辞めるって、韓国では社会的に許されないという認識だと思いますが、当時はもっと厳しかったはずですよね。
EUANFLOW:かもしれませんね。
ちょっと面白いエピソードを言いますと、中学時代に勉強が嫌すぎて教科書の真ん中に日本のマンガ本を挟んで読んでました(笑)。
シン・ウィス:当時何読んでたか覚えてますか?
EUANFLOW:まあ、『ONE PIECE』とか『湘南純愛組!』だったんじゃないかな。もしくは『ドラゴンボール』とか。当時の韓国は、「漫画房만화방(マンファバン)」と言って漫画本を貸してくれるレンタル屋さんが流行った時期で。私本読むの好きって言ったじゃないですか。当時通ってた漫画房さんにあった、ほぼすべての漫画を読んでました。
中学時代、勉強が嫌すぎて教科書の真ん中に漫画本を挟んで読んでいたくせに、高校進学して「夜間自律学習야간자율학습」をやる自信がなかったんですよ。だからさっき話したような流れになっちゃったんですね。
「夜間自律学習야간자율학습」:韓国の高校で、正規の授業が終わったあとに学生を教室や別途のスペースで自習させる制度のことをいう。2010年代前半まで、参加を強制する学校が多かった。(注)
――ということは、昔から日本の文化に触れていたということですか?
EUANFLOW:そうですね。今ももちろんそうですけど、日本の漫画って当時の韓国でもすごい人気があって、アニメーションでいうと世界1位だったから、触れてないのがおかしいくらいでしたね。同年代で日本の漫画を読んでない人はいないんじゃないかと思うくらい、人気があったので。
シン・ウィス:今のK-popと韓ドラみたいなもんだよね。
EUANFLOW:うん、そうだと思う。
プロチームに入って感じた限界と、新しく見つけたゴール「新世界が広げられた」
――実はこの分野をよく知らない人において、ダンサーとコレオグラファーの違いって何だろう的な、もしくはコレオグラファーの意味すら知らない人もいると思うんですよ。EUANさんはどうやってダンサーからコレオグラファーになったのかお聞きしたいです。
EUANFLOW:これも私の幼いころの話から始まったほうが理解しやすいと思います。
私が韓国年齢で18歳、日本だと17歳の時に「ING」というプロのチームに入ったんです。当時に韓国ですごく人気だったチームです。その時の自分は、幼いころからダンスをやってきたし、友達同士でしか踊ってないから、自分がすごく上手いと思っていたんですね。でもそのチームに入ったらまさに新世界が広がっていて、自分がどれだけ井の中の蛙なのか知らされました。
その中で一番驚いたのは、当時の団長さんが振付を作る過程を横で見てて、「どうやってこんなにうまい振り付けが作れるんだ」とカルチャーショックを受けたんです。だから私はプロチームに入って初めてのゴールが「コレオグラファーになること」でした。舞台で踊るんじゃなくて。
私はほかの人よりも早めに振付に興味を持ち始めて、幼いころから本をよく読んでいたのが影響したのかも知れないですけど、ただ振付を見るのではなく「どうしたらもっと上手くなれるんだろう」「あの人はなぜそんなに上手いんだろう」と思い悩んだりしてしまって。 だから当時は同じ曲で違う振付を考える人たちを見て、「なぜこの人の方がかっこいいんだろう」「なぜこの人のあのパートの方がもっといい感じなんだろう」ということを考え、探究する作業を続けてました。こういうことを幼いころからずっとやってきたので、それ自体がすごく土台になった気がします。
ここでダンサーとコレオグラファーの違いを説明しますと、ダンサーは言葉の通り「踊る人」で、私はこれがダンスにおいて、キャリアの一番最初にやることだと思うんです。 ダンサーの次にコレオグラファーがいて、これは「どれだけダンスが上手いか」とはまた別の能力が問われますね。コレオグラファーだからといって必ずしもダンサーより上手く踊れるわけではありませんが、ダンスというジャンルと文化に対する理解度や経験値が十分溜まらないとコレオグラファーにはなれないんです。そういうわけで、ダンサーの次の段階としてコレオグラファーがあると私は思っていて、そのさらに上の段階がディレクターだと思ってます。
コレオグラファーが「動作を作る人」ならば、ディレクターは作られた動作を全体的にアレンジ、修正、調律して一つの作品に仕上げていく「監督」みたいな人で。私は個人的にこれがコレオグラファーの次の段階だと思っているんです。
動作を作ることって踊った経験さえあれば、作れてしまう面もあるわけですけど、作られた振付がいいのか悪いのか、もしくは人々を楽しませられるのかどうかは、実際に振付を作ってみた経験がないとわからないんですよね。自分の作品を舞台に上げてみて、また他人に教えて踊ってもらうような経験をたくさん積んでみて、ようやくそれらを見極める目線が生じてくる。
そういうわけでコレオグラファーを通しての経験が十分溜まらないとディレクターにはなれないな、と私は思ってます。個人的に想定しているキャリアの順番といいますか。あるいはレベルの順番的な?
――まさに誰が聞いても理解しやすい説明だと思います。ところでこの話を聞いて「普段どうやって振付を考えているのか?」が一番気になりました。一般人の目線になりますが、フィジカル的に、つまり動作のアイデアやヒントなどを普段どこから得られているのか聞きたいです。
EUANFLOW:まず私が個人的に一番大事に思っているところは「曲の雰囲気とあっているのか」で、これは別に私じゃなくても皆そうだと思います。曲のコンセプトと雰囲気、メッセージにふさわしい構成にできるかを第一段階として考えています。ですが、コレオグラファーとしての競争力は「他人がやってない動作」「作られていない動作」を生み出せるのかだと思っていて。
私の場合は、これを語ると皆笑っちゃうんですが(笑)。どんな芸術分野でもレファレンスって必要じゃないですか。例えばMVの監督だったら他のMVを参考にするし、映画監督だったら他の映画を参考にする。私の場合は、ダンスが苦手な方の動きを参考にするんです。
それも全然関係のない、K-popや、ポップミュージック以外の音楽の踊り方を参考にするとか。長い間踊る中で色んな工夫をしてきたので、今まで流行ってきたダンスの動作はだいたい知っているんですよね。あえて他人のダンスをみて参考にしても、自分の頭の中にあるのとさほど変わらないので新しい発見がない。
でもダンスが苦手な方の動きは、同じ動作でも全然違う感覚で表していたり、同じダンスでも全然違う筋肉と身体の部位に力を入れていたりして、すごく斬新に見えるんです。もちろんそれを自分が見直して、ちゃんとかっこよくなるように、自らの能力と感覚で再構築するわけですが。そういう作業をかなりやってますね。
それと、私は他の芸術作品にも興味があって、展示会とかギャラリーとかにもよく行きますし、多様な文化的経験を積むことが好きで。ジャズのライブにも行ったりしてますね。
そういう他のジャンルの芸術を見ていると、ダンスではない、普段自分が触れないポーズとか形、もしくは場の雰囲気などに触れられる。特に空間展示の場合は「こういう場所で踊るとなったらどういう形がいいだろう」ということを考えたりしますね。こうやって考えている内に、ただ単純に曲を聴くのとは違う想像が働くようになるので。そうやって新しい動作が生み出されるわけです。
――アニメーションスタジオで例えると、レファレンスとしてアマチュアのイラストや子供の落書きを参考にするのと似てる感じでしょうか。
EUANFLOW:そうかもしれないですね。
――今、ディレクターとしてのお仕事について話して頂きましたが、その中で一番やりがいや楽しさを覚える瞬間っていつでしょうか。
EUANFLOW:自分が作った作品を、自分がみてもかっこいいと思える瞬間ですかね。一方で、自分では気に入らないのに、たくさんの方々から評価されるような時もあって。その時は嬉しいというよりも、やりがいを感じます。「でも私はいいことしたんだ」的な(笑)。
それと、自分の場合、先ほど言ってましたがALiENという会社を運営していまして。これはそもそもダンサーの会社で、自分が考えたコンセプトの振付を作り出す会社なんです。
だから歌手の振付も作りつつ、自分自身の作品もたくさん作っているんですね。ゆえに音楽にふさわしい動作を作り出すプロセスのみならず、音楽を聴いて「これをビデオで出すんだったら、どんな衣装とスタイルの振付を入れたらもっといい作品になるだろう」という思考を重ねてきたんです。そういう作品を多くの方々に、気に入ってもらうことでやりがいを覚えるとか。
自分ですごく満足できたものが、期待したほどの反応を得られない時もあるし、「これは簡単に作りすぎちゃった」と思っていたものがすごい売れることもありました。今はどっちにも満足を感じますね。自分で満足というものもあれば、皆に好かれることで満足することもある。
――EUANさんは一つの振付を作る以上に、一般に広く見られるコンテンツそのものを「監督」する側な気がします。一つ一つの振付ももちろん大事なものの、それが映像になったときにどうみられるだろうかを常に考えているような。
EUANFLOW:私が作ったダンスビデオって、自ら撮影して編集したものなんです。そういうことを割と早めにやりだした側なので。もちろんMVや映画とは比べ物にならないでしょうけど、少なくともダンスビデオを撮影して、編集することにおいては韓国内でも認められている方だと思います。他の会社でも自分の映像を参考にしていると聞いてます。
安定的な成長のために必要なもの…「ダンサーはアスリートくらいの能力と、自ら管理をもつアーティストであるべき」
――今までの話を踏まえつつ、次は少し軽めの質問に入ろうかなと思います。あるインタビューで会社の設備などを紹介されたときに、屋内にあったジム施設がすごく印象的でした。普段練習や教育前によく筋トレとかされていますか?
EUANFLOW:(笑)恥ずかしながら会社を運営しはじめてから、体の管理よりもビジネスやコンテンツ制作の方に集中してきたんです。なので今話題に出たジム施設は、前と比べるとあまり使っていない状態ですね。簡単なストレッチ5分、10分くらいは常にやってますけど。
トレーニングの話題が出たので忘れないうちに言っちゃいますけど、私はダンスのスキルや基礎を学ぶ以前から、スポーツをよくやってきたんですよ。筋力がついて体が鍛えられてくると、練習をしてなくてもダンスが上手くなったように見えるんですよね。もしくは踊りやすくなるとか。そういう経験をしてるので、プロチームのレッスンやプロを目指す子たちを教える時は必ず筋トレをさせています。そのカリキュラムが整ってきたので、会社を作るときに取り入れました。
なのでうちに所属しているダンサーや教え子は最初はすごく大変だって言ってましたよ。「筋トレはやりたくない」とか「疲れた」とか言ってましたけど、結局最後までついてこれた子たちは安定的に成長できるんです。フィジカルがついてこないと、どれだけ教えてもらって練習しても成長には限界があるので。
むしろ個別にダンスの練習をやらなくても、フィジカルトレーニングをやっただけで成長ができるんですよね。そういう経験があるからこそ、自重のトレーニングからはじめて、ジム設備の導入にまでつながったわけです。
――単にカリキュラムの話だけではなくて、EUANさん本人の経験に基づいていることが印象的です。
EUANFLOW:ありがとうございます。
私がうちのメンバーにトレーニングをさせる時に、「ダンサーはアスリートくらいの能力と、自ら管理をもつアーティストであるべき」という言葉で説得してましたね。なぜならば、ダンサーとは身体能力で記録を目指すアスリートではなく、あくまでも音楽と感情を自らの芸術的なインスピレーション・感覚で表現する仕事なんで。にも関わらず、自らが望む方向での表現を実現するためには、フィジカルな要素がとても大事なので、だからそのようにいってましたね。
――「説得」という表現が面白いです(笑)。
EUANFLOW:だって、すごい大変そうにしてるから何とかモチベーション与えないといけない。とはいえ、そのモチベーションって、結局は自分にしかできないことだから、これは教える立場として感じたことをそのまま言っただけですね。
マンネリズムに陥った10年前、自らに問い直したこと…「それにもかかわらず」
――EUANさんって昔から創作した振付に「Euanflow Choreography 」と名付けることで有名ですが。その中でいまだに印象に残ってるものってありますでしょうか?
EUANFLOW:私が好きな作品がいくつかありますね。その中で皆さんに一番好きになってもらって、ひょっとしたら今のALiENというブランドに繋がったたかもしれないコンテンツがあります。
それがTinasheの「2 ON」という曲の振付ですね。その振付をすごくたくさんの方々が評価してくださったんですよ。私自身が考えて自らが確立した振付の概念や理論をうまく活用できたものでもあり、自分で思った以上に話題になったので印象に残ってますね。
振付のみならず、コンテンツとして思い浮かぶのはYoutubeチャンネルにある「Millennia」という曲の振付ですね。作者さんがPixel TerrorというEDMのアーティストで、おそらく韓国でもそんなに有名ではない曲かと。その作品のコンセプトと衣装の件ですごく悩んで作っていて、おそらくこういうスタイルは全世界を通してみても初なんじゃないかと思いますね。
もちろんすごく斬新かつ素晴らしいものとまでは言えませんけど、色んな要素が混じって一つのコンテンツが出来上がったという意味で、「この組み合わせでこれほどの刺激を与えられるのは、このコンテンツくらいしかないのでは」と私は思ってました。
EUANFLOW:簡単に説明しますと、動画のコメントにも書いてますけど「展示会の彫像が動いている」感じを狙ってましたね。普段ダンスっていえば情熱的に汗をかいて、エネルギーを発散するイメージがありますけど、こうやって汗もかいてなさそうにゆっくりと動きつつ、かっこいい雰囲気を出してて(笑)。だから衣装もスカートや長いドレスで、手袋も付けてます。帽子もVogueっぽいスタイルのものを付けてましたね。ご覧になったら分かると思いますけど、ダンスがすごい静的なんですよ。もちろん静的に見えるだけで実はダイナミックですけど。
――パントマイムに近い感じですか?
EUANFLOW:いや、どっちかっていうと私が思うにはモデルって踊るのが得意分野ではないという印象なので。もしモデルがかっこよく踊れるのであればこんな感じかな?あまり動かずにかっこつけながら踊るんじゃないかな?みたいな考え方で。
――実際に静的なのと、静的に見えるのってたぶん全然違う話だと思います。先の話とかぶるんですけど、これってどこからインスパイアされるのかの話ともつながる気がします。「モデルが踊るとどういう動きになるのか」という疑問の話もそうですね。ただ、実際のモデルが踊るとおそらくダンサーとしての動きとはまったく違うはずで、それをEUANさんがかっこいいと思った動きに変えていったということですね。
EUANFLOW:はい。一般的なモデルがかっこよく踊るってなったら、どういうスタイルになるのかを考えていましたね。
――先ほどお聞きした「普段どうやって振付を考えているのか」への答えとつながる気がしてすごく面白いですが、インスパイアされたものを自分のものにして、かつそれをもっと良いと思った方向に活用していくということなんでしょうか。
EUANFLOW:今の話を聞いて思い出したことがあります。インスパイアの話になりますが。 実は私は、10年くらい前にちょっと傲慢になっていた時期があるんですよ。どういうことかっていうと、長い間ダンスを研究してきたせいで「私はもうダンスに熟達した」「他のダンサーのことなんか見る必要もないし、ダンスについて分からないことなんてない」と思い込んで2~3年ほど他のダンサーの仕事に触れなかった時期がありました。他の人が踊っていることに全く目を向けなかったんです。
しかし、そのまま2~3年ほどたってみたら、世の中のダンスがすごく発達していて。その発達のポイントが何だったかっていうと、昔、自分がなめていた「腕の動作」の多様化だったんです。
昔の自分は、ダンサーの立場からして「腕の動作は一番初歩的なもの」だと思い込んでいました。だから、もっとうまくなりたいのであれば、腕よりレベルの高い脚とか体の動きを極めていけばいいと思っていたんです。腕の動作は簡単すぎるし、もう研究できるところもないと。でも2~3年の間に腕の動作が研究を通して発達し始め、「腕でこんな動きができるの」と思うくらい成長していたんです。
その件で後悔してからは、自分が何らかのインスパイアを得たい時は、自らに問い直すことにしました。
昔だったら「腕でできることは全部知っているよ」と思っていたことを、「それにもかかわらず、腕でかっこいい動きをしなければ」と考えるようになったんですね。例えば今思い浮かびましたけど、「ヒップホップの曲でジャズのダンスを踊るとしたら」という問いに対して、昔だったら「そんなのできっこないよ」と言い返したはずです。でも今だったら、「それにもかかわらず、作るとしたら何ができるだろう」と。こんな感じで思考を重ねていく。これがすごく役に立ったんですね。新しいコンセプトとか、振付を考え出すときに手掛かりになってくれたんです。
――マンネリズムといいますか?今の話って結構クリエイターさんが陥りがちな話だと思いますが、「それにもかかわらず」というのはすごく参考になるアドバイスです。
EUANFLOW:経験に基づく話にはなりますが。
K-popとともに全世界に広まる教育システムとは…「同じシステムを導入したところで同じ結果をだすとは言い切れない」
――これはあくまでも日本のエンタメ業界から、というか、私たちの印象かもしれないのですが、韓国のエンタメ業界って「後進のタレントを育成してこの世に出す」というのが当然な流れだという風潮があるのかなと思っておりまして。エンタメの進出とともに、韓国の教育文化も同時に持ち込まれる印象なんですが、この業界の最前線に立っているEUANさんからすると、そのあたりはどのように思われますか?
EUANFLOW:なるほど。それについては考えたことがなかったので、どう説明すればいいのか分からないのですが…
あくまでも個人的な見解として言いますと、K-popの人気やK-popの音楽・ダンス・MVが好まれる一番根本的な理由に、ほかの国にはない教育方式に基づいている、と言えるかもしれません。例えば「韓国人はほかの国の人と比べて、生まれ持った”タレント”が違う」ということだとするなら、おそらくそうした教育文化って生まれなかったと思うんですよ。もちろんK-popが生まれるのはタレントも大事だけど、もっと大事なところは「ほかの国には存在しない、体系的な教育方式と練習の仕方」、すなわち「制作プロセス」が存在してるからなんですよね。
これはあくまでもシステムの話なのですが、「どこの国でもこのシステムを導入できるのではないか」というふうに考えています。
――なるほど。K-popを構成する各々の要素はあるものの、その根本にはK-POP独自のシステムが存在するわけですね。ゆえにK-popを持ち込む時には、システムも一緒に持ち込むことになると。
EUANFLOW:そうですね。でもシステムはどこの国でも導入できますが、結果として出てくるものには差が生じると思っていて。その理由として一番大きいのは、やはり文化と考え方の違いかなと。同じ教育方式を導入したとしても、教育期間の間に同じ結果がでるとは言い切れません。
ご存知だと思いますが、韓国は競争が激しい国なので、競争ができないとオーディションもしくはメンバーの選別というプロセスを勝ち抜くことができない。その競争に慣れ、かつ自然に受け止めないとそもそも受け入れ不可能な教育システムだと思いますね。もちろん時間に制限がなければまた別の話ですけど。みんな若い数年の間で練習を重ねてデビューしなければならないので。
国ごとに基本的に持っている文化と考え方の違いが大きいので、同じシステムを導入しても同じ結果を出すことは難しい。しかし時間をかけていけば、そのシステムから生まれたタレントたちを見て、若い子たちが「こうすればデビューできるんだ」と思い始めることで、どんどんシステムも定着していくのではないかなと。そう思いますね。
――今の話を伺ってこれは質問せざるを得ないとおもうのですが、日本に進出されるEUANさんからすると、日本の文化とK-popのシステムの相性はどうだと思いますか?
EUANFLOW:私の経験からすると、韓国人のレベルで集中と練習ができる国ってなかなかないですね。でも少なくとも私が出会った日本人の練習生たちは本当に韓国人と比べて同じくらい頑張ってました。だからすごく驚いたんです。そこまで頑張れる人は多くないんですよね。
マインドの差はあると思いますが、少なくとも私が出会った練習生たちはみんなK-popが大好きで。だからK-popのオーディション番組を見て、K-popのアイドルがどうやって生まれるのかをみんな少しは分かっている状態だったので。だから自然に受け止められたのかもしれませんけど、みんな韓国人並みに頑張って個人の時間も使って練習してて。いわゆる「命がけ」で頑張る人もたくさんいる感じ。なので私はこのシステムを日本に導入すると本当にうまく行くだろうと思うんです。
シン・ウィス:イギリスや日本にもアイドル市場はあって、むしろ韓国より10年20年は先を走っていたけど、今の時代で一番効率的にアウトプットを出しているシステムが韓国に生まれた理由が気になりますね。塾みたいな私教育システムと教育に対する熱量がシステムを体系化させたのか、それともエンタメに対する国民自体の熱量が競争を生み出して、その中で生き延びたシステムが強くなったのか。つまり、優れたシステムが先に作られたから今のシステムが存在するのか、それとも優れたスターとアーティストを生み出したシステムを今の我々が踏襲しているのか。
EUANFLOW:あ、ここまで質問されると触れることがすごく多くなりますね。一旦、私の考えとしては「同伴上昇」だと思うんです。
先に私教育が素晴らしかったからタレントがついてきたわけではなく、だからといってタレント自体が優れていたから私教育がついてきたわけでもない。アイドルという文化自体が若者にとってあこがれの対象で、それを夢見る人たちがTVを通してどんどん増えていった。また多くのエンタメ会社の成功を人々が見たことでたくさんのエンタメ会社が生まれはじめ、会社同士に競争が生じるようになった。
その中でスタッフを含め、より多くの人材が集まりました。だから最初は振付を教えて、曲を作って、練習生を教育してアイドルを育てるような「塾」は存在しなかったわけです。しかし韓国ではこういうエンタメがたくさん生まれたことで、競争を繰り返し、その過程でスタッフの能力も向上していって、今のK-popの隆盛に繋がったと思います。
また私教育の話になるんですけど、ダンスを教える場所って私が知ってる限り日本にもたくさんありますよね。個人的にダンスを学ぶ文化自体は日本の方が先を走っていると思ってましたし、今もそうだと思います。なのに結果として差が生じちゃう理由は、韓国のエンタメ文化自体が多くの競争と音楽番組の中に置かれていたから。つまり、たくさんのアーティストに接することができる環境にあったと思うんですね。
それは一つの要因のみならず、多様な構造が絡んだ結果なんです。その中でK-popという文化がほかの国より発達できた環境的要因は、音楽番組の数にあると私は思ってますね。
例えばMVが出されて、そのアーティストを好きな人が、アーティストと出会ったり、曲を聴きたくなっても、(ほかの国では)MV以外のコンテンツに接する機会自体が少ないんですよ。でも韓国は週に4~5回音楽番組が編成され、視聴者もスタジオに参加できるため、コンテンツの消費が簡単かつ多様にできます。そういう環境があるからこそ、振付ももっと工夫するようになるし、曲作りもそうだし、アーティストを選別する際も、もっと考えるようになる。ファンからしてもそういうコンテンツを楽しむ機会が増えていくことで、供給する側と消費する側が接触できる機会になる。だからより早く発展できたんじゃないですかね。
K-pop X アニメーション、コラボから生まれるこれからの可能性とは…「可能であれば、やってみたい」
――時間も押してきているので、これが最後の質問になるかと思います。K-pop業界でコレオグラファーとして活動されたということで、今まで様々なジャンルと出会うことが多かっただろうと思います。まさに今みたいに、アニメーション業界との接点ができるとか。
EUANFLOW:そうですね。
――今までの経験からして、EUANさんにとっての違うジャンルとのコラボはどう行われてきた感じですか?
EUANFLOW:これに関しては普段私が考えていることを絡めていった方がいい気がしますね。コレオグラフ、すなわち振付というのは結局音楽と一緒に消費せざるを得ないんですよね。すると、その音楽自体が大衆に消費されるような音楽であるという前提で、現時点でそれを一番よく見せられる音楽はK-popだと思うんです。でも今までそういう作業をたくさんしてきた立場として、もっと新しいものを求めてしまう人間的な本性といいますか(笑)。そもそもそういう人間だというところですかね。なので個人的にはさまざまな芸術とのコラボをしたいと思っています。
なぜならば先ほども言った通り、展示会に行くのが大好きだということもあって、ポップな文化でのダンスの消費はもうやりつくした気がしているので。その中で芸術と絡めるのは今までなかった試みでもあるし、いや、なかったというより大衆に届いていないというのが個人的な見解ですかね。美術・芸術とつながるダンスといえば現代舞踊に近いものしかなくて。でも私はK-popで使われているストリートとかコレオグラフが大衆に愛される理由って必ずあると思うんです。その「愛される要素」を活用して、美術界とのコラボをやってみたい。アイデアも持っています。
またアニメーションも、工夫をすれば十分コラボできると思います。いわゆるダンスをアニメーションにすることももちろんできるけど、美術的な部分とアニメーションの部分を絡めることでダンスにつなげることもあり得るかなと。可能であれば、もし私を必要とする方がもしこの業界にいるならば、ぜひやってみたい。昔からずっとトライはしてきたものの、なかなかチャレンジングな話だし、全面的なサポートと資金がないと難しいんですよね。そういう問題があって具体化はできてないのですが、一応アイデアは持っています。
ともかく私も今まで個人的に色んな作業をやってきて、単純に振付を作るのではなく場所や衣装、メークアップなど、レファレンスを通して工夫してきたので。そういう経験に基づいてという話だと、アニメーションを含めた美術的な分野とコラボできることは非常に多いと思うんですよ。制作側のみが満足するようなものではなく、世界中の多くの人たちが新鮮な刺激を受けられるような。そういうものを。
――これからEUANさんが韓国を含め、日本と全世界でどういう活動をしていくのかが楽しみです。
EUANFLOW:ありがとうございます。私も楽しみです。
――ありがとうございました。では今回のインタビューは以上とさせていただきます。
●インタビューの協力:シン・ウィス
(NHK WORLD アナウンサー、株式会社ウィスクール 代表取締役)
●インタビュアー:パク・ジュヒョン(SKOOTA編集部)