「Webtoon史上最大の検閲をもたらした作品」HELLPER論後編-Road to Webtoon#5

この記事は、前の記事「大Webtoon時代を揺るがした異端児のマンガ」HELLPER論前編-Road to Webtoon#4のつづきを書いています。 今この文章を読んでいる人の中で、韓国のWebtoonを原文で読んでいる人はいないだろうか。 もしいるとすれば、コメント欄に出てくる「ある特徴」に気づいたかもしれない。 (大体人気作品でよく見られがちだが)どのジャンル、どの作品を読んでいても下のコメントは必ず出てくる。 「今日の連載分少なくない?」 筆者はいつもこのコメントに疑問を抱いていた。 不思議なことに、彼らがいう「連載分」は実質的なコマの数とは関係がない。 むしろ普段より多いコマ数であるにもかかわらず、「なんか今日は少ないんだよね~」という文句のコメントが常に出てくる。あくまでも個人差だと理解すればいいと思いつつも、筆者はそこに「読者と作者の間で、どうしても縮められない間隔」が存在しているのではないかと、疑ってしまう。 必ずとは言わなくとも、ものを作る側とものを消費する(読む)側には乖離が生じやすい。単純に作者の意図が読者に届かないということ以外にも、こうして分量の認識が違うというようなことすら、頻繁に生じてくる。そして、今回の話はこれにかなり近いと筆者は思っている。 #4に続き、シーズンを分けて連載を続けてきた『HELLPER』は絵柄を含め、色々な変化を試みていた。シーズン②が急に18禁になったことも、その変化の一環として受け取ることもできよう。しかし、その変化はファンの間で両極的な反応を生み出し、コメント欄はどんどん賛否両論の場と化していった。 読者と作者の間で生まれた些細なズレが、果たしてどういう結果をもたらしたのか。今日はその話を取り上げていきたい。 どんどん高まる不満の声:アンチを笑いにする作家 大体9.9を維持していたシーズン①と比べて、 最低2.0まで落ちてしまったシーズン②の様子。 今更なのかもしれないが、ここでHELLPERのシーズンについて補足しておこう。 13年間の連載歴を誇るHELLPERは、2011年度から4年間続いたシーズン①「MADMAN」連載を終えた後、2016年から約8年間シーズン②「KILLBEROS」を連載した。同じ作品のことではあるが、シーズン①とシーズン②の評価にだいぶ差があるとこだけは注目してもらいたい。 この連載の前編で説明した内容は、当然ながら好評が続いていたシーズン①「MADMAN」に限られた話である。 シーズン②「KILLBEROS」も連載当初は評判だったが、2年後の2018年からどんどん作品の問題点を指摘するアンチコメントが増えていった。(18禁にもかかわらず)過激な表現、カメオキャラとブランドの広告が多すぎるという問題、時事問題を取り扱いすぎるという問題など、シーズン①で流入されたファンの間で指摘の声がしばしばあげられたのである。 コメントを読んでいなかったのは、コミュニケーションをしたくないからではなく、コメントに影響されて自分が意図したとおりのマンガをお見せできないのが心配なだけでした。(著者訳) -SAKK、休載の告知(20.10.20) 当時のことに対してSAKKは終始一貫、自らの企画意図を保ちたいという理由で、コメントを読んでいなかったと述べている。しかしそれはあくまでも表面上の話で、漫画の中ではアンチコメントを言ってくるキャラをボコボコにするシーンも描いていた。少し幼い対応かもしれないが、そうすることで作家は遠回しにアンチの意見を否定してきたと捉えられる。 当然ながら、その作家の行動をひたすら楽しく見ていられるアンチは恐らく多くはいないだろう。意見の反映どころか、漫画の中で笑いものにされていることに激怒したアンチ読者一部は、どんどん反発の声をあげていった。 Webtoon界を揺るがした247話:場外乱闘のはじまり 『HELLPER』のファンコミュニティーであるDcinsideのHELLPERマイナーギャラリーで、ある読者は「表現の自由を通して犯罪の描写が当為性を認められるには、犯罪の残酷性を知らせるべきだと思っている。今の作者が何を言いたいのかよくわからない」と鋭く批判した。女性と社会的弱者に対する犯罪の描写や性的な表現などが許容範囲を超えたという指摘として解釈できる。こういう疑惑が燎原の火の如く燃え広がったのは、今月の8日『HELLPER』の先読みで247話が公開されてからだ。当時の連載分には老女である「ピバダ」が髪の毛が全部抜けた上に裸で拘束され、薬物が注射される拷問の描写が描かれていた。 -「拘束拷問」のシーン、無料の連載分には削除されるか…公共の敵となった『HELLPER』. イートゥデー. 2020年9月14日 結局、問題はシーズン②の247話が公開された時点で爆発した。HELLPERの読者なら誰しもショックを受けたその内容によって、既存のアンチはもちろん、作品と作家を擁護していたファンの読者ですら背を向けたのである。 247話のコメント欄。「精神に問題がありそうだ」「薬でもやってるのか」との、批判のコメントが寄せられている。 ここで問題の内容を知らない人のために説明しておく。上記の記事にも説明している通り「おばあちゃんのキャラを薬物で拷問する」というシーンが、247話には確かに描かれていた。 韓国社会がどれだけ老人を大事に思うか、という話はさておき、そのシーンの主人公である「ピバダ」が、作品全体を通して一番人気のあったキャラだったことに注目してもらいたい。つまり、10年以上連載を続けてきて、今まで一番人気だったメインキャラが急にリタイア、しかもあり得ない形でつぶされたことに読者たちは怒りを示したのだ。この事件の始まりは単にそういう騒ぎに過ぎなかったと、筆者は主張する。 しかし、真の問題はその次に起きた。 作家の蛮行を見るに見かねたHELLPERマイナーギャラリーの会員たちが自らツイッターとマスコミにHELLPERの女性嫌悪要素を共有して公論化させた事態。 DCインサイドの会員たちは普段の性向と違ってフェミニストたちを応援し、むしろ積極的に資料を提供するなど支援に乗り出した。(著者訳)‐当時事件に対して、ギャラリーのユーザーが作成した説明文 247話が公開されて間もなく、今まで作品に問題提議をしてきた一部の勢力「HELLPERマイナーギャラリー」ユーザーたちによる公論化が始まったのだ。 今まで指摘してきた作品の要素を「作者の蛮行」として命名したユーザーたちが、問題の247話で注目が集まったことをきっかけに、作者が女性嫌悪を描いているとフェミニズム団体に訴えかけたのである。彼らは247話の老人拷問のシーンを含め、作品の中で描かれている性的描写、レイプの描写などを資料としてまとめ、公論化のためにネット上で資料を広めていった。 ここで注目してほしいのは彼らの性向を語っている一文章。自ら述べているように、彼らは普段フェミニズムを支持しないにもかかわらず、「作品に変化を求めるためにフェミニズム団体と連帯した」と公言※している。 彼らの意図がどうであれ、その結果は大きな反響を及ぼしたことに違いない。いわゆる場外乱闘の始まりなのである。 性差別・フェミニズムのテーマをよく取り扱うメディア『女性新聞』では、「18禁だからといって性搾取・レイプなどの表現が許されるのか」と厳しい目線の記事を発表し、その指摘に賛同するSNS上のフェミニズム勢力も #Webtoon内の_女性嫌悪を_やめよう などのハッシュタグをつけて議論を広めていった。 炎上が深まるにつれて、批判の声は連載先のNAVER WEBTOONに辿り着く。事件の深刻さに気付いたNAVER WEBTOON側は「激しい表現に関しては編集の段階で作家に修正の意見を伝えている」といいつつ、「これからガイドラインをもっと繊細に補っていきたい」という旨を発表した。 運営側まで広まった炎上:検閲強化につながる 上記のNAVER WEBTOON側の発言はだいぶ重い発言に違いなかった。 以前にももちろん、起こった事件に対応してNAVER

「大Webtoon時代を揺るがした異端児のマンガ」HELLPER論前編-Road to Webtoon#4

時はまた遡って2011年度の夏。中学生になった筆者はいつもの通りWebtoon好きのオタクだった。 いや、むしろその時期の自分こそ「人生でもっともWebtoonが好き」だったのかもしれない。 手のひらくらいあったちっちゃいタブレット画面上で「どこでも、いつでも漫画が読める」という感覚は、幼い自分を含めて多くの中高生を魅了させるに足るものだった。10代にスマホが普及され始まった2010年度以来、指先でスクロールして読める縦読み漫画、すなわち「Webtoonの体験」はあり得ないスピードで我々の生活に浸透してきたのだ。ゆえに当時中学生だった筆者からするとあの時期はもう大海賊時代、いや、大Webtoon時代の始まり、だといっても良いくらい。 そしてWebtoon読者に中高生がたくさん流入されたという現象が、当時の人気作品の並びにも影響を及ぼし始めた。それで現れたのが学園モノの台頭。ジャンルは問わないが、主人公がともかく中高生であることに何らかのこだわりを感じているような作品が次々と出てくる。 『ゴット・オブ・ハイスクール』、『千年の九尾』、『オレンジマーマレード』、『ファッション王』、『高3が家出した』、『こんなヒーローはイヤ!』… まさに2011年度に連載を始めた作品を見ていると、なにげなく思い浮かぶこと。色はそれぞれ違う作品の中身に、主人公だけ中高生に切り替えたという感想が突き出てしまう。 相当生意気な考え方かもしれないが、Webtoonに対して謎のこだわりを抱えていた思春期の自分は、その時代の流れというものに飽きれたのかもしれない。 突然現れた「異端児」のWebtoon 『HELLPER』(2011) 「やっぱりはやっぱりやっぱりだな」 都市を守るガードトライブのリーダー「ジャン・グァンナム」。彼が謎の交通事故で亡くなった後、幽明から広がる感性アクションファンタジー漫画。(著者訳) -『HELLPER』シーズン①「MADMAN」の説明 その中で突然現れた作品があった。どこか既視感を覚える当時のWebtoon界に、新しい「異端児」が。だからといってそんなに斬新でもなく、そんなに見慣れてもいないこの作品に筆者は何らかの違和感を覚えていた。 「ヤクザが育つ温室」とも呼ばれる、ガナ市出身の主人公ジャン・グァンナム。グァンナムは生まれ育った町をヤクザから守るために、地域の不良を集めてガードトライブ(自警団)の`キルべロス`を結成する。優れたリーダーシップで町を守っていた彼だが、不意の交通事故により死亡。死後、地獄行きを意味する黒いチケットが与えれたグァンナムは自らの運命に逆らおうとする。噂によると、黒いチケットを100枚集めることで天国に行けるか、もしくは転生ができるという。現世に残っている恋人の子供として転生するために、グァンナムは残り99枚のチケットを集めることを決心するが… シーズン①「MADMAN」のあらすじ 今見ても珍しい、個性豊かな絵柄。方言が混じってて多少読みづらいキャラのセリフ。しかも当時人気だった学園モノでもない、意外とゴリゴリの少年漫画の雰囲気を感じられる。少年漫画といえば『ノブレス』(2007)や『神の塔』(2010)が覇権を握っていたあの時期に、連載を始めた『HELLPER』には不幸にも当初、あまりいい反応を得られなかった。 ロマンは照れ臭い言葉となり、感性は中二病になってしまった。余裕は暇な人間しか持てないという。「情熱」という言葉がダサくなかった、あのころが懐かしい。 -『HELLPER』175話 連載開始から苦汁をなめていた『HELLPER』は、幸いにも4年間続いたシーズン①を成功的に終える。しかも最終話まですごい勢いでファンを増やしていった『HELLPER』は、上記の二作を追い詰め、最後に至っては連載曜日の覇権を握ってしまう。その人気は2年後にまた続き、再度連載を始めたシーズン②は成人向けだったにも関わらず堂々と連載曜日の人気ランキング一位まで登り詰めた。 筆者もどこかで見たような、それでもなんか馴染み薄いこのWebtoonのことが大好きだった。背景によって変わり続ける絵柄を含め、分かりづらいけど生々しいセリフの書き方、独特に見えてもちゃんと王道を歩む展開、年齢制限をギリギリまで試すような表現まで…簡潔に言って、上手く作り上げた構成にも関わらずどこかあやふやに見えてしまうWebtoonだったと、ここではつづめておきたい。 しかし何らかの誤解が生じる前にここで一点、皆さんに伝えたいことがある。これから説明していく『HELLPER』の「異端児」らしさは、単に当初の評価を覆して覇権を握ったという上記の話とはまた別のものとして取り扱うつもりだ。 『HELLPER』はどうやって売れる作品になったのか。もちろんそれも興味深い話題であるには違いない。しかし、これから語っていく『HELLPER』がWebtoon界に残した足跡はそういう数値の変化にとどまらないと、筆者は言い添えておきたい。何より『HELLPER』は、連載を始めた2011年度からシーズン②の連載を終えた今月に至るまで、Webtoon界に一番多くの変化をもたらした一作であることを忘れないように。 Webtoonの読み方からして、産業全般にかかわる検閲に至るまで… 果たして、Webtoon界に変化をもたらしたその「異端児」らしさとは。 既存のWebtoonの「読み方」に抜けていたもの:スクロール漫画の完成は読者の指先から 『HELLPER』が最初、注目を集めた要素は意外とその「読み方」にあった。 「Webtoonはそもそも縦読みではなかった。」今までの記事を読んできた皆さんは何度もこの文章を目にしたはずだ。 「単純にコマを縦に並べただけの漫画」に縦読みの理由を示した『強いやつ』(2008)から、Webtoonの読者に「デジタルで漫画を読むという自覚」をもたらしたホランの『オクス駅の幽霊』(2011)に至るまで。 その二作品すらついに見逃してしまったことに『HELLPER』は突然、ある疑問を投げかけてきた。 それは、あくまでも読む側がコントロールを握っているWebtoonの読み方に対して、「ここはもっと早く・ゆっくりスクロールを流してもらえませんか?」と堂々と言いかけてくるようなものだった。 限られているWebtoonのスペースの中、一見すると意味のないコマが続く。それは作者が残した「※スクロール:はやく▼」を目にする途端、既存のWebtoonとはまた違う感覚をもたらす一つの装置と化するのだ。 実際スクロールのスピードを示す一言がどれだけ作品の質の向上に貢献したかは不明なものの、それを目にした読者の頭にはたぶん今まで気づいてなかった感覚が芽生えてしまうのであろう。普段自然に受け止めていた読み方の要素。すなわち我々は、いやでもWebtoonを読む「自らのリズム」に向き合ってしまうのだ。 このシーンはより早く、このシーンはもっとゆっくり。 それを意識することで読者の視野には各々の差が生じてくる。普段コマをじっくりと観察していた読者は読んでるシーンの緊迫さと迫力を体験する一方、ついついとスクロールを流していた読者はかつて見逃してしまった細かいところに気づく。 スクロール漫画の完成は読者の指先から(著者訳) -SAKK(第10話、作者の一言より) もちろんこういう作家の一言に対して、「余計なお世話」だと指摘する声も当然ありうるわけだ。 しかしSAKKの一言の通り、この発想はおそらくパラパラの横読み漫画上だとたどり着かなかった、縦読みのWebtoonならでは意識上で生み出されている。ゆえに確か、一見すると冗談にしか見えないこの一言の行く先は、ちゃんとスクロール漫画の「完成」に向けて書かれていたと、筆者は評価しておきたい。 漫画に限らないWebtoon:音楽からファッションに至るまで 他にも『HELLPER』といえば思い浮かぶ特徴がある。それは作家のSAKKが、『HELLPER』を通して他のジャンルとよくコラボを行うということ。 例えばWebtoonに入るBGM。Road to Webtoonの第2話で説明したように、ホランという作家の登場以来、Webtoon内にBGMをつけることはどんどん一般化していた。ゆえにBGMの機能そのものはさほど珍しくなかったものの、『HELLPER』はその中でも載せる曲のユニークさで評価されていた。 この曲の選定については、SAKK本人が音楽業界に顔が広いのか、知り合いのプロデューサーから直接曲をもらって作品に載せたと知られている。そのプロデューサーの中には韓国のヒップホップ界で有名な人も混じっていた。(例えばLoptimistとか)『HELLPER』がやたら韓国のヒップホップシーンと関わりを持っていることも、その影響なのかもしれない。 その一例が上に曲を載せているC JAMMのケース。彼はグァンナムのセリフ「やっぱりはやっぱりやっぱりだな」をオマージュして曲を出すほど、『HELLPER』のファンであることを公言していた。その『HELLPER』に対する強い思いはSAKK本人も承知の上、C JAMMのカメオキャラクターを作品内に登場させることすらあった。 こういう流れは作品内でどんどん広まっていき、のちには作品と関りのない有名人をカメオとして出演させたのではないかという疑惑を生み出していった。例えば、アイドルであるBTSのRMとWINNERのソン・ミンホをパロディしたような「ジャップモン」、「マイナー」というキャラが出てくるとか。どう見ても韓国の有名アーティストのIUをモチーフにしているような「イ・ジグム*」というキャラも出てくる。ゆえに作品を読んでいる読者からすると、「私が知っている有名人がこんなキャラになっていて面白い」とか「関係のない人を勝手に費やしている気がして不快だ」という反応が生まれてくるわけだ。 *IUはSNSやコンテンツなどで自らを「イ・ジグム」と称することが多い。 有名人をカメオとして出演させることについて、アイドルのファンから怒りを示しているという記事の一部。(引用:https://www.busan.com/view/section/view.php?code=2020091317290798490)

「怖すぎるWebtoon」Road to Webtoon #2

実際あの地域に住まれる方々からクレームがあったんですね。「怖すぎる」って。(筆者訳) ‐ホラン、2014年7月9日 2011年、韓国のWebtoon界を揺らがした事件があった。 当時公開された作品が、「怖すぎる」という理由で話題になったのだ。果たしてどういう内容で、ここまで話題を呼んだのか。 当時の私は今とは違ってホラー系に全く耐性がなく、故に当時話題になっていた作品も数年たってから読み始めたりしていた。 その例の一つが前の回でちらっと名前だけ紹介した、『戦おう幽霊よ』(2007)という作品。ホラージャンルであるにもかかわらず、特有のユーモアと面白いストーリー性で人気を博していた。おそらく途中からギャグ漫画に路線を変えてなかったら、私は今まで目を通していなかったかもしれない。 それ故にもちろん、当時話題になった「怖すぎる」Webtoon作品なんて私に見れるはずがない。でもWebtoonとしては珍しくマスコミで取り上げられたり、海外で話題になったというニュースを聞いた私は、大決断を下すことになる。放課後、そうやって私は教室に5人くらい友達を集めてWebtoonを読んでいた。 あんな滑稽なことをしてまで読もうとした作品とはいったい何だったのか。それは、『2011年度ホラー短編集』にあがって来た二編のエピソード「オクス駅の幽霊옥수역 귀신」と「ボンチョドンの幽霊봉천동 귀신」である。 ちなみに本作品は前回の『強いやつ』とは違って、4年前にLINE漫画にでも『2020怪談短編集』という名前として載せられた。そのせいで各々のタイトルも「プラットフォーム幽霊」「裏参道の幽霊」という名前に変わっている。 この短編集の9・10話が話題のエピソードである。ホラー苦手な人は閲覧注意🚫 今になって読んでみると、そこまで怖いと感じない人も多いのではないだろうか。 私も13年ぶりにこの作品を読み直して、「なぜ当時の自分はそこまで怖がっていただろう」と笑ったりもした。でもどう考えてもその理由は明らかである。それは、ただ13年前のWebtoonに「こんなとんでもない作品はなかった」からだ。 本作品を書いたWebtoon作家のホランは、当時としては考えられない破格的な演出をよく作品の中で披露していた。その試みの一環として今回の作品で注目されたのは、「3DソフトとFLASHを用いたアニメーション効果」である。ただ止まっているだけでも怖い、いや、止まっているのがごく当然であったホラーのWebtoonが、目の前で急に動き出すなんて当時の読者には考えられなっかたんだろう。 上述したエピソードの中、「オクス駅の幽霊」(日本名:プラットフォーム幽霊)では3Dソフトを使って手が画面から飛び出るような演出をしている。しかし、もっと注目してほしいのは「ボンチョンドンの幽霊」(日本名:裏参道の幽霊)のほう。リマスターされた今はただ「オクス駅の幽霊」と同じく、3Dのイメージが飛び出るような形をしているが… このエピソードが登場した13年前は、FLASH機能を使って強制的にユーザーのスクロールをおろし、数枚の絵をまるで動いているように見せる、いわばパラパラ漫画の演出を試みた最初のWebtoon作品だった。 技術的な話でいうと、今のWebtoonは出版漫画をウェブに持ち込んだだけのレベルにとどまっていると思うんです。デジタル媒体こそ表現できる、ユーザーの操作に反応してみせる「インタラクティブ・トゥン」の製作技法の基準を立てたい。(筆者訳) -ホラン、2014年05月23日 前回の話の続きになるが、今のWebtoonを定義する一つの基準は「スマホ・タブレットに適した読み方」である。 しかしその以前に「紙ではなくデジタル媒体で漫画を読んでいる」という大前提を、我々は見逃しがちである。 紙は自分で読むテンポの調節ができる。 紙の絵は自分でパラパラしない限り、動かない。 紙の漫画は音を出さない。 このように当然として考えていた(紙の)漫画の常識が、デジタルに変わることで覆される。ホランは当時の人々が無視、もしくは見逃してしまったことにようやく疑問を示してきた唯一のWebtoon作家だった。 Webtoon読者はもちろん、普段興味のなかった人々でさえ衝撃に落としたこの二作をきっかけに、Webtoon界は少なからずの変化を迎える。 一番著しい変化として、WebtoonにBGMが入るようになった。今はWebtoonサイトからBGMを入れる機能が追加され、そんなに珍しくない手法になっているが、2010年代の前半までホランの手助けなしにBGMを入れることは不可能に近かったため、ホランの名前は多くの作品のクレジットに寄せられていた。 Webtoonの読み方において迷走していた2010年代後半に至っても、ホランの名前は相変わらず膾炙されていた。スマホの画面に合わせたコマを一枚一枚と横にスワイプするスマート・トゥーンから、スクロールの動きに合わせて絵が動くというムービング・トゥーン、スクエアのコマを横に流すカットトゥーンまで、ホランはWebtoonに変化の火をもたらしたプロメテウスとして語られ続けた。 Webtoonが今の形にたどりつくまで、その読み方は様々な試みを経ていた。 漫画とアニメーションの境界線にあるジャンルを、外国では「モーション・コミックス」と呼ぶ。韓国では2011年度に公開されたホラン作家のWebtoon『オクス駅の幽霊』がその始まりだといわれている。(筆者訳) ホランは単に「絵が動き出す作品」を作り出したわけではない。ホランが生み出したのは読者すらも忘れかけていた、「紙じゃなくてデジタルで漫画を読んでいるという自覚」だった。 今になっても絵が動くようなWebtoon作品はかなり珍しいとみなされている。しかし、スマホが普及され、タブレットで読みやすくなった今のWebtoonの形にたどり着くためには、必ずこの自覚が必要になってくる。 今回は投稿する内容上、作品の中身には深く触れていない。しかしこの文章を読んでいる読者の中には、Webtoonの歴史を自ら体験し、その変化に少しでも触れたいという人もいるだろう。そういうファッショナブルなあなたにおすすめしたいこの作品は… パク ジュヒョン 1998年生まれ、韓国出身。今年から日本のアニメスタジオで働いている。15年以上Webtoonを読み続け、先読みの課金に10万円以上を費やしたことに気付く。現在は課金で費やした分をビュー数で稼ぎたい気持ちでWebtoonの記事を書いている。