ゲスト、パーソナリティ


全体の目次


#01

・漫画家を夢見る小学生は『大長編ドラえもん』が好きだった
・『AKIRA』は「暴力的で美しい」
・バイブルになっている『寄生獣』
・卒業制作の『ヒトしずく』は「世界の約束事を受け入れる少年」
・お腹の中の小人さんの話「暗黙の了解についての僕の原体験」
・演繹的に、前提に縛られる人類・音がモチーフになる松浦さんの作品
・手塚治虫の『ブッダ』に感化される中学生
・アニメの『AKIRA』が持つ情報量がいまのアニメづくりにつながる?
・AKIRAにおける芸能山城組のパワー
・『月たちの朝』『ヒトしずく』に楽曲参加してくれた兄蔵さん
・「映画の半分は音楽だ」by 押井守監督
・宇宙で自分しか気づいていないこと
・『月たちの朝』の原体験は、電話オペレーターをしていて思ったこと

#02

・「日本のアニメが培ってきたものが何も活かされてねーよー」by 今敏監督
・今敏監督にズバッと言われたこと
・相原信洋さんからかけられた言葉
・日本のアニメ環境における「意味がわかる」ということ
・「楽しい」や「わかりやすい」だけじゃない価値があっていいと思う
・残っていくものは表現だし、それは身体性に紐づいている
・悪役を描きにくい時代
・『コングレス未来学会議』は視聴者に考えることを要求する映画だった
・『ファイブスター物語』にハマった
・大学出たての時期に体験した押井守監督とのエピソード
・「監督」という在り方への勇気をもらった
・制作進行をやっててよかった!
・Production I.Gでの4年間を振り返って
・押井守監督と竹内敦志さんとのエピソード
・「やりたいことは次にとっておけばいいじゃない」
・スタッフみんなから好かれる押井守監督

#03

・『火づくり』について ・鍛冶シーンから伝わる説得力
・一人プロデュース一人監督で作り上げた作品
・UQiYOさんの参加エピソードについて
・作品と身体性の話を「火づくり」を基にしてみよう
・機械文明の発達と旧文明の対比構造から見る失われている身体
・そこで失われていくものを拾い上げたい
・鋏の切れ味に感動する
・身体と物体の間で生まれるもの
・150年続いてきたものを観察すること
・かっぴーさんとのプチクラファン話
・美しいものが増えるより、美しいと感じる心が増えるほうがいい
・来年2024年公開の作品に向けて頑張ってます

#03が始まります


『火づくり』について

迫田

これまでの簡単なおさらいなのですが、主に松浦さんが就職した後、多くの会社、多くの現場を経験していく中で出会った方々のエピソードトークをお聞きしていました。今敏さんや押井守さんなどの話を聞く中で、松浦さんの今の監督像みたいなものが高解像度で見えてきたというのが感じられます。そして、そんな多くの出会いや、様々な良いことも悪いこともあったと思いますが、そういった出会いを通じて、今、劇場監督作品に取り組んでいたり、現在テレビアニメシリーズの監督をされていたりというところに至っています。

自主制作という領域で『火づくり』という作品を作られており、これはクラウドファンディングも経て、無事完成されていると思いますが、公開がどのような形になるのかなどもあるので、その辺りも聞きつつ、この『火づくり』にまつわるエピソードをいろいろお聞きしたいと思っています

僕もクラウドファンディングを利用して、作品制作の手がかりにしたプロジェクトがあるのですが、どうですか?まずは、作品の話から入るのもいいですし、クラファンはどうでしたか?みたいな話でもいいかと思いますが、松浦さん的にはどの辺りから話し始めると良いでしょうか?

松浦

そうですね。まあ、作品についてにしましょうか。

迫田

これ、ちなみに今はまだ、誰もが見れるという状態ではないんですかね?

松浦

ないですね、はい。

迫田

なるほどなるほど。じゃあ、またこれを聞かれている方で見られていない方は、もし見れるタイミングになったら、また見ていただいて聞いてもらうといろいろね、受け取れるものが変わるかと思いますが、これはあの鋏職人――鋏鍛冶の話ですね。これのテーマがまた、その『火づくり』のクラファンの時に作られていた本にいろいろ書かれていて、扱うテーマもそうですし、すごい雑な言い方をしちゃうんですけど、すごい渋いテーマだなあと思っています。これはもう結構いろいろ言われると思うんですけど。

本には書かれているんですが、改めて松浦さんの口からこういったテーマだったり、あとはまあ伝えたいこと……さっきもね、「別に伝えたいことが全てではないよね」っていう話もしつつなんですけど、まあこの『火づくり』で伝えたかったこととかなんでこのテーマだったかみたいなのをちょっと改めてお聞きしてもよいでしょうか?

松浦

まあ、初めましての方に説明すると、大阪の堺市に実在するあの佐助さんという鋏鍛冶の職人さんがいらっしゃいます。江戸の末期からやってらっしゃって、今五代目の平川康弘さんという方が職人さんでいらっしゃって。出会ったきっかけは、大学のときの友達がまあ、その子は工芸をやってたんですけども、その子の話はまたすると長くなっちゃうんですが、その子がふとしてしたきっかけで佐助さんのところでいろんな身の回りをサポートするお仕事をしていたんですね。

で、その友達、青池さんっていうんですけど、青池さんとふと連絡を取る機会があり。で、そこで働いてるんだって聞いて、本当に興味本位で遊びに行って。で、その鋏を最初触らせてもらって、切れ味が本当にこうずっしり重いんですけど、切り味が本当にふわっと柔らかくて。その切れ味に感動して「あ、なんかこういう職人さんとかにフォーカスしたアニメーションとかできたらいいな」って思ったとこがきっかけですね、はい。

迫田

その方は鋏を専門にされているってことなんですよね?

松浦

刃物、まあ包丁も作ってらっしゃいますし、ちょっとしたこうなんか文鎮とか燭台とか、そういう要は鉄とか鋼を使って、そういういろんな小物を作ったりってこともやってらっしゃるんですが、まあ、もともとは鋏鍛冶ですね。で、もっと歴史をたどると、住吉屋っていうあの海鮮問屋――船にいろんな品物を乗っけて、あちこちに売り歩く商売があるじゃないですか。それをやってらっしゃった住吉屋のご先祖様が、昔はその鉄砲とか刀を作っていたんですけど、あるきっかけで鋏を作ろうってなって。で、そっからあの鋏鍛冶としての佐助を創業されたというふうに聞いてますね。

迫田

なるほど。まあでも本当ね、商人の街ですもんね、堺って。この『火づくり』については、その作品の中でこのモチーフになっているその鍛冶の職人の話に踏み込んでもいいですし、実は結構今までのこのエピソードで語ってこなかった、松浦さんとは語ってこなかったあの普通に制作論の話って一切してないじゃないですか、だから、なんかそういうアニメっぽい話をしてもいいなとかも思いつつ。一旦その鍛冶職人にフォーカスを当てつつ、アニメ制作の話をすると、やっぱこの鍛冶シーンっていうんですかね?実際に打っているこのシーンの描写が凄まじいなっていうのが。

松浦

ああ、はい、ありがとうございます。

迫田

あれはもう本当に作画の仕方もそうですし、全然作りが違うと思うんですけど。なんかそこだけ見て、やっぱ記録として価値があるものだと思ったし、い伝承していくっていう意味においては、こういった技術がこういう形であったんだっていうところをわかりやすく描いているし、やっぱアニメと映像媒体になったからこそ伝わる表現の熱い感じとか硬い感じとか、熱さとか硬さとかって、やっぱ言葉を尽くせばうまく語れるとは思うんですけど、やっぱアニメーョンで音とあのほんと緻密なアニメーションというかすごい豊かなアニメーションが組み重なると、もう一発で伝わるから。

松浦

嬉しいですね、頑張って作ったんで。

迫田

全部頑張って作られたと思うんですけど、特にあのシーンには何か思い出があるのかなって思ってたりはしてるんですけど。

松浦

あの、そうなんですよね。あれ、もう本当に『火づくり』については、ちょっともう話すことが多すぎて(笑)つまめないんですけど、そのシーンについて言うと、まあ過剰にしているところもあるんですが。今お話してもらいながら、結局、自分でも描いてたんですよね、最後エフェクトとか。で、要は自分はこの作品では一人プロデュース一人監督だったんで、お金の管理も仕事の管理もデータの管理も全部一人だったんですけど、やっぱ友人とか知人にアウトソースしていくスタイルを貫こうと思ったんですが、まあやっぱ最後は自分で書かなきゃダメだなあと思って、描いてたとこですね。

迫田

やっぱこ自分で満足がいくところまで詰め切れたシーンかなっていう感じですかね。

松浦

そうですね。一番まあ、迷ってたというか、「あそこ、これで行こう」っていうまでにすごい時間がかかっちゃったとこですよね。あの辺はね。

迫田

どこで終わればいいのかって、わからなくなるってよくあるじゃないですか?

松浦

いやぁ、終わりが見えなかったですよ。これも言い方良くないですけど、結局どこまでも伸ばせちゃうんで「すいません、もうちょっと時間ください」「待ってください」って。支援者の方々にね。最初は「2017年の年末に完成します」って言ってたけど、結局そっから丸三年。伸ばして伸ばして「すいません」って言いながら、やってたんで。

その遅れた原因もいろいろあるんですけど、まあただ、時間かけた分だけのことはしなきゃなっていうことはありましたし、作り終わって映画祭とか出してみて、まあ結果が出て「なるほどなあ」と思うこともたくさんあったし。いや、ちょっと語り尽くせない。なんかいろんなあの切り口で語れるんですけど。どっから話せばいいのかわかんないので。

迫田

僕がもうシンプルになんか僕が聞きたいことを聞いちゃうと、アニメーション作品として、どうこうっていう話じゃなくて、このプロジェクトが面白いなと思ったのは、UQiYOさんの参加の仕方でして。かなりこれ面白いし、理性的な一つの関わり方だなぁと思ってて。

やっぱ『AKIRA』とか今敏さんの話をやっぱ前半でしてて結構やっぱ地続きの話かなと思うんですけど、やっぱ音楽も一つの主役としてあって、もっと作品に対して深く寄り添ってもらいながら作っていくっていうのができるといいなと思っていて。

松浦

詳細は調べればわかると思うんで省きますが、今はちょっとUQiYOというグループは解体されて。中心メンバーだったYuqiさんっていう方が今、あの満島真之介さんとデュオで活動されてるんですよ。で、別のアーティスト名で、今作詞とか作曲をやってらっしゃって。でずっと音楽は続けてらっしゃるんで、まあ僕もあのフェイスブックで繋がったり、様子はあのウォッチしてるんですが。

きっかけはUQiYOとして活動している時の『TWiLiGHT』っていう曲で。メモにも書かせてもらったんですけど、ラジオで流れて最初知って。で僕、その時、まぁ兄蔵さんと同じなんですけど、聞いた瞬間に惚れちゃって。その時思ったのが、「あ、この人は自分と同じ世界に行こうとしてる」と思ったんですよ。まあ、直感的にそれを感じて、ライブ行ったりとかしてたんですよね。で一方的に僕がリスナーとして彼らの活動をフォローしてて。

その『TWiLiGHT』のMVもすごく素敵で、ミュージックビデオ監督されたあの柘植さんっていう方にも、ちょっと事務所に突撃して、根掘り葉掘り「これどうやって作ってたんですか?」ってめっちゃ。結構1、2時間インタビューして。それこそこういう感じで、「これどこで撮ったんですか?」とか、「このキャストはどうやったんですか?」と、「衣装をどうやってやったんですか?」といろいろ聞きまくって、で「ああ、なるほど」つって。

で、やっぱそこでいろいろお聞きしたことが「ああ、なるほどな」ってよく覚えてて。で、その『火づくり』をまあ作ろうって決めて動き始めた時に、音楽は「絶対この人たちが合うなあ」と思って。最初はすごく長文になっちゃったんですけど、自己紹介して「これこれこういうものでクラウドファンディングを通して、自主制作なんですが、こういう作品を作りたいと思ってるんです」って。「音楽を作ってくれませんか?」っていうふうに、メールして関係が始まったってところですね。

迫田

UQiYOのYuqiさんのインタビューにも出てますけど、熱意のこもったメッセージを頂いてっていうことで。それで一緒にやれたら楽しいんじゃないかっていうことで、でもやっぱね、すごい好きだったりでご一緒しようと思ってても、やっぱ一歩踏み出せないと思うんで。メールもらえるって少ないですよって書かれてましたけど。結構まあ言ってもダメなんじゃないかみたいなのですね。Yuqiさん一緒に佐助さんに行かれたんですか?

松浦

そうですね、そこで音取ったりとかお話をしたりとかで、ちょっとサプライズで、お友達の青池さん呼んで、まあ、みんなでご飯食べたりとかして、やってたんですよね。で、ちょうどUQiYOの活動としてはインディーズだったんですけど、音楽会社のプロデューサーが当時はいてちょっとその人とも話したりとか、意見交換したりとか。でクラウドファンディングの期間に、まあ、僕が合わせたんですけど、その全国の主要都市丸ツアーライブツアーに合わせて僕がクラウドファンディングやりますっていうふうにして。でそのライブのMCの時に宣伝してくれたり。僕もそのフライヤーを自分で刷って、ブースに置かせてもらって。一緒に全国回ってチラシ配ったりとかしてたんですよね。楽しかったですよ。

迫田

それって羨ましいなと思って。僕も今度なんか作品作る時、一緒にアーティストの方と全国行脚したいなっていう。

松浦

いやぁ楽しいですよ。

迫田

映像作品って音楽という強い要素があって、音響も含むんですが、声優さんの声、音楽、SE含めて効果音も含めて、様々な音が入れれる器だから、やっぱ主役の一つだと思うんで。もっとプロジェクト全体で一緒に器の船に乗って何かやれればいいけど、やっぱ商業作品作ってると、ほぼ事情で決まる部分なんですよね。

松浦

そうですね、はい。

迫田

だからまあ、そこが一緒に組めたらね。宮崎さんと久石さんのような。まあ理想ですよね、ああいうマッチングがなされるのは。いやいや、ちょっと一回ここで散々話しているUQiYOさんの曲聞いていただきましょうか。

松浦

はい、自分の作品の『火づくり』という短編アニメーションの作品のテーマ曲としてUQiYOさんに作っていただいた『Dry Dry Try』です。お聞きください。

作品と身体性の話を「火づくり」を基にしてみよう

迫田

はい、お聞きいただきましたのはUQiYOで「Dry Dry Try 」でございました。

松浦

そうですね、これも自分が最初にお金を払って作ってもらって。その作品のテーマに彼らもすごく共感、共鳴してくれて、その歌詞の内容もその主人公の思いの部分をYuqiさんが綴ってくださって、

迫田

それって、どの程度の兆候の段階で、えっと、Yuqiさんはその曲作りを開始されたんですか?

松浦

ああ、まだ絵コンテはなかったと思います。最初に、僕がシナリオやプロットに近い完成のシナリオに近いプロットがあるくらいだったと思いますね。その後、キービジュアルやスケッチをたくさん描いて、それを渡して、このような絵柄や世界観ですみたいに、見せられるものはすべて見せて、スープを煮込んでいるところに一緒に具を足してもらった感じですよね。

迫田

なるほど。Yuqiさん、それともUQiYOさんとしては、どの程度の情報の方が料理しやすかったという感じですか?

松浦

やりやすかったかどうかは、わからないですけど。まあ、やっぱこんだけ深い密度で、映像とかアニメーションに関わったことがないから、是非ということで、彼らも結構楽しくやってくれて。

迫田

いや、そうですよね。やはり曲を作る方々も、僕らが曲のことを理解できないように、アニメのことが理解できないかもですが、しかし、これらは結構シナジーがあるメディアだとお互いに認識しあっているから、だから、何か良い歩み寄りというか、良い形が取れるはずですよね。

松浦

そうなんですよね。で、それで、そうですね。UQiYOというか、Yuqiさんの活動の、コンセプトというか、彼の価値観とかもすごく自分とか『火づくり』の作品の価値観に親和性が高かったですし、うん。でも僕が逆に知名度をお借りしちゃったみたいな感じだったんですよね。ライブ一緒に回って。僕、アニメやってるとはいえ、無名ですから、彼らのライブに一緒にこう連れてってもらって。一緒にくっついて行ってチラシ配って、泥臭く営業して、そこで「ああアニメーションをやってるんですね」って、UQiYOのファンで来てくれた人が自分の支援者にもなってくれてっていう流れが多かったんですよ。

迫田

音楽を聴くファンの方もアニメ触れてる方多いかと思うんですけど、別のクラスタの方に届けれるっていうのは、なんかね、面白いなあと思いました。

ここで引き続き、松浦さんがこう制作をする中で、出会ってきた仲間たちの話をしていきたいなと思いつつ。ええ、そうだな。その話をしつつなんですけど、最後に作品と身体性の話をこの『火づくり』をテーマにしてみたいなっていうのもあって、なんかこう身体性が赴くところというか、それを感じられるような作品だなあと。

鉄の硬さだったり、炎の熱さだったり、まあ、様々なこの要素の身体性に紐づくところを、こうやっぱ描くっていうことへのこだわりみたいなのが感じれるので、松浦さんにとって身体性ってなんなんでしょうか?

松浦

ああ、これもまた、2時間、プラス2時間ぐらいかかる笑。あの、そうですね。どっから言えばいいかな?まあ世の中全体的なことで言うとやっぱ視覚と聴覚にすごく割合がいっちゃってるじゃないですか、今。

家にいて、今僕もこう部屋でパソコンの前で椅子に座ってますけど、要は、目と耳でほぼ生活が成り立ってしまうというか。でまあ、当然、視覚情報が脳みそに与える影響というのは、まあ大きいっていうのはもちろん科学的にも実証されていると思うんですけど、そこで抜け落ちてしまうものも当然やっぱあるわけで。で、そのやっぱ危機感みたいのがあるわけですよね。その視覚と聴覚、目で見えて耳で聞こえることだけが、世界の本質じゃないのに、それで捉えられたものが、形になり、メディアを通して伝搬されていく。

見てない人に言うと、『火づくり』の世界をああいう舞台設定にしたのも、そういう問題意識からだったんですよね。要は、機械化されていくというか、科学文明が異様に発達した世界と、まだ、アナログで、風車とか風の力でなんか動力を確保しているようなちょっとローカルな、文化、文明の世界っていう対比構造を作ったのも、そういう問題意識があったからなんですよ。

失われていく身体みたいなことで言うと、番影響を受けた『AKIRA』もそうですし、押井さんの『攻殻機動隊』もそうですけど、やっぱその失われていくものへの危機感だったり、そこで抜け落ちてしまう何かを拾い上げたいなっていう、本能的な欲求があってってうところが、社会情勢や外圧から自分が感じた自分の動機だったんですね。でまあプラスでそういう外圧的なところから、こういう社会問題ってあるよねっていうところで、いくらでも論じれるんですけど、やっぱり圧倒的にそのやっぱ鋏の切れ味じゃないですか。僕がその感動して、佐助さんに会いに行って、最初に手に持ってパチンって切った時のあの感覚っていうのは、やっぱりこう自分の中にしかない、まあそれ持った人それぞれの体とその物体の間でしか生まれないわけですよね。

佐助 SASUKE 大阪・堺にたたずむ鋏鍛冶

やっぱ切れ味と出会った時に、すごくちょっと変な話なんですけど、要は今、目の前にいる佐助さんが作ってるんだけど、そのもっと奥にあるご先祖様とか先代の方々とか、その技術を作ってきたその歴史とか、人たちとか、もっと言うと、宇宙が生まれて云々とか、地球が生まれて云々のすごく長い時間と場所と人の思いとが、記憶を経てこの小さい小さい点になってるっていう、今それを自分が受け取ったっていう感じがしたんですよね。

こういう感覚を人に与えるものってすごいなっていうか。で、翻って、今自分がやってる仕事って、こういう感覚を人に与え残せてるのかなって言った時に自信なくって、イエスって言えなかったんですよ。僕が思ったのが、この佐助さんの鋏はもう150年、五代目で続いてるんですね。じゃあ今自分がアニメとか映像やっているけど、「150年後残ってるのかな?」と思った時に、150年後は多分残ってないなあと思ったんですよ、今、俺が作ってるこれって。「ああじゃあ、だったらちゃんとまあ、10年、20年と言わず、150年後も残っているものをちゃんと作りたい」と思ったんですよね。

どうやったらそれが作れるかっていった時に、150年前から残っているものを観察すればいいじゃないですか。で、この今目の前にある鋏は、150年代続いてきた職人さんが作ってらっしゃって、今も僕のこの目の前、手の中にあると、受け取って、自分がこの感じた感覚とか、美しさですよね。何もその切れ味の美しさを、やっぱそのちゃんと残したいなっていうのがありましたね。そういうやっぱ、その自分が思う感じた重さとか切れ味とか美しさとか、そいうところはやっぱ出発点でしたよね、全てで。

迫田

うん。いや、そういう話大好物なので、すごいいろいろお聞きしながら、追加でお聞きしたいことや、思ったことがあったんですけど、まずなんか最後の方で言われてたこれが一番ちょっとなんか薄めの話、薄味の話なんですけど、やっぱ人はなにか本能的に残っていくことに、やっぱ結構価値観高くなりがちだなっていうのがあって。やっぱりせっかくやるんだったら、残っていくものをやりたいって気持ちって、やっぱあるじゃないっすか。

やっぱり僕もやっぱりCMを作る、アニメとかを作るという機会がある時に、そのメディアが良い悪いっていう話では全然なくて、あくまで僕の価値観っていうだけの話なんですけど、やっぱ三ヶ月後にはもう残ってないものを作るっていうのも、もうなんか虚しさっていうのを感じたんですね。三ヶ月後に残ってないっていうのは、どういうことかというと、大体三ヶ月ぐらいで、いろいろタレントさんとの契約とかの問題で、もう流せなくなるみたいなことがまあCM業界だとよくある話なんですけど。

となると、本当ものすごい目を真っ赤にしながら、いろんな精神をすり減らしながら作ったものが、三ヶ月後にはほぼ公式には永久に見れなくなるっていうものの、虚しさみたいなものを感じた時に、やっぱずっと残っていくものを作りたいなと思ったときに、やっぱ結構MVとかを作ることの方に結構鍛冶を切ったりとか、映画を映画というフォーマットで作る方が残りやすいようなみたいなことを思ったりしたんで、なんかそこの気持ちはすごい重い話だと思います。

そこでのアプローチの仕方として、身体性のへの着目と、残ってきているものの着目ってめちゃくちゃいいなと思ったのが、僕も今、京都に住んでいて、京都に住んでいる中で、例えば神社をこう参拝する時に砂利道を歩くんですけど、あの砂利道を歩いている時の足裏の感覚と耳に聞こえてくる音で、なんか過去の人たちとつながるんですよね。なんか、まあまあ理屈で考えてるだけなんですけど、量子力学的な話とかはわかんないけどそういう観点だったらもしかすると本当に繋がってるのかも知れないですけど、でもまあ、あのそんな小難しいことはわかんないんで、あくまで僕の感覚的な話なんですけど、なんかこの音と足裏の感覚と今見てる風景っていうのは、多分、100年前の200年前も同じような風景が広がっていて、少なくとも京都は広がってる可能性が明らかに高いんですよ、ってことを考えたときに、一緒だなって思ったりするんですよ。繋がっている間隔っていうか。

だから、それは、鋏で何かを切るときに身体にフィードバックしてくる感覚は多分、100年前の人も100年後の人も200年前の人も200年後の人も同じ筋肉へのフィードバックが行われているから、それは確実に過去や未来とつながる行為だし、広義で言うと、その100年後の人も今の人自分も一緒っていう考え。そういうことを考えると、非常に身体にヒントがあるし、人間の体が人間が絶滅しない限りはほぼもう構造は変わらないわけで、だからね。なんかそんなことを思いながら聞いてました。

松浦

そうですね。不思議ですよね。だから自分で作りたいと思って作ったわけじゃなくて、まあ、たまたま出会って。ふとした拍子で、出会ってまあ、自分がそれを受け取って、何かをこう残したい。まあ、返さなきゃっていうか、残したいというか。仕事だとね、「これやっていつまでやって、はい、ギャラはいくら」って等価交換で成立するけど、やっぱりこうね、僕は特定の宗教を持ってないけど、神様、宇宙とかわかんないけどなんかそういうものから降りてきて、自分がそういうなんか受け取った印として、僕はこう感じましたっていうのを、歴史に記述したというか、記憶させてもらいたいなと思って。

迫田

本当なんかそうなんですよ。そのね、本当に切れ味の良い鋏の気持ちいい感覚っていうのはもう気持ちいい感覚でしかないんだけど。

松浦

それで、もうこれでちょっとなんか、結構粋なエピソードがあって、大学の恩師がたくさんいるんですけど、織田先生っていう、もともとNHKでずっと音響ディレクターをやってらっしゃった先生がいらっしゃって、そもそもその佐助さんで働いていた青池さんっていうお友達はその先生の繋がりで出会ったんですよね。

であの、その青池さんと僕がそのこの『火づくり』のクラウドファンディングをやっている時にまあ、織田先生とお茶しながらしゃべってて、まだまだクラウドファンディング始める前だったんですけど、「こういうのをやろうと思ってるんですって。どうですか?」ってこういろいろ意見聞いて、「すごくいいじゃん、いいじゃん」って言ってくれて、その織田先生がですね、「本当に一つになるために切るんだよね」って言ったんですよ。「松浦くん、その感じでいこうよ」って言ってくれて、そのフレーズがすごく素敵だなあと思って。

青池さんとお茶をしている時に、織田先生とこの間ご飯行ってさ、こんなこと言ってたよって「本当に一つになるために切るんだよね」って、「こういう感じでいこうよ」って言われたんだって。青池さんと喋ってたらこう、青池さんがぶわっと泣き出したんですよ。それまでニコニコして普通に喋ってたんですけど、ぶわっと泣き出して、「ああ、そうですね」って、まあ笑ってて、「織田先生、さすがですね」って笑ってたんですけど。その織田先生も今80半ばのもうご高齢で、気軽に会えなくなっちゃた、まあまあ、まだお元気で、ご存命なんですけど、まあ、ちょっとそういう結構粋な先生のですね、一言で。

切断とか鋏、要は切断するもの分かれるものだと思うんですけど、そうではなくて一つになるために切るんだぜっ、ていうその言い方なんか、表現カッコいいなと思って。でまあ、この話自体も、主人公がその父と、わだかまりがあったままで、父と死別してしまって。物語の中の佐助さんと出会って壊れた鋏を直してもらうことで、父との関係が修復されるっていうところのまあメタファーにしたかったんで。で、もっと言うと、まあ、僕自身がちょっと父とわだかまりがあって、こう気軽に会えない期間があったんですよね。まあ、ちょっとその実体験もあって、父との関係性を修復したいなっていう個人的な願いもあったりして。

迫田

うん、うん、いやなんか今のこの織田先生の素敵な言葉に対して、なんかしら思ったことを重ねてしまうと、たちまち無粋になりそうな気がするので、そっとしておくのが良さそうな気もしますが、結構その仏教的なニュアスの考え方なんで、やっぱり二つに分けるっていう行為、一つのものが二つになった時点で、どういう見立てでもいいんですけど、例えば自分をこう知るために自分の一つを二つにしたときに、やっぱこの仏教的なモチーフだと、「僕を定義するには僕ではないすべての僕ではない僕を考えなきゃならない」っていうことがあって、つまりやっぱ相対的じゃないと自分をどこまでいっても相対的にしないと自分を認識できないよね、っていう話だと思うんですけど。

つまり比較対象がないと、すべてのものを観測できないから、比較対象を作るっていう話ですけど、やっぱそれが、二つに分かれたことによって一つだったものが自分は一つだったのだ、ということが認識できるし、すべてのなんか尊い感情みたいなものも、それがなんか別れたことで比較対象が生れたことでそれが尊かったんだっていうことがわかるっていうことですし、少々言葉にしてしまうと、チープになっちゃうなってね、今思ったんですけどでもまあ、僕も多分ね、それなんか、自分がそういう鋏鍛冶のところでお仕事していて、そういうモチーフっていうかそういう言葉遣いで定義してもらったら多分すごい感情は揺れるだろうなってすごい想像できる。なんかね、自分がやっていることに別の素敵な感情を加えてくれた感覚になるめっちゃ粋ないいエピソードですね。

松浦

そうですよね。織田先生、かっこいいんですよ、大好きで。

美しいものが増えるより、美しいと感じる心が増えるほうがいい

迫田

いやでも、そうやってこう今もう『火づくり』のエピソードを聞いていく中で、最終的にはこのいろいろな方との出会いで今があるという流れでクロージングしていけるような流れができたらなあと。いや、でもね、メンバーっていうか仲間の方々の話、もっといろいろしたくはあるので、またなんかどこかの機会で、こう第二弾来ていただいたときにしたいなぁと思っております。

松浦

ああ、全然いつでも。

迫田

いや、なんかね。本当いっぱいいるんですよね。かっぴーさんの話も聞いてみたいし。

松浦

ああ、かっぴーね。かっぴーの話もしたいですよね。いや、僕よりすっかり有名になっちゃって楽しみですけど、はい。

迫田

いや、クラファンもね、やっぱ本当これあのプロモーションマーケの能力が非常に必要なことなんで、そこでかっぴーさんが。

松浦

あ。そうですね。だから一言説明すると、まだ当時も『左利きのエレン』連載してて人気漫画家になり始めたとこだったから、僕はそのまた、知名度を借りようと思って下心で「なんか一緒に手伝ってもらえないかな」って気軽に相談しに行ったら「あ、じゃあ、そのエレンの中に松浦さんが出てくる話、書いたら面白いかもしれないですね」って、まあ彼は提案してくれて。「ああ、それいいね」っつって、お茶しながら、そういう感じで話して書いてくれたんですよね。やっぱあれ出た時にアクセス数一気にドワーッと上がって。でまあ、そこからまた支援者も入ってきてくれて、ブーストかかったって感じでしたね。

迫田

いやーいいな。いいです、本当に。それがクラファンだと思います。

松浦

本当にあれは感謝してもしきれない。

迫田

あと船隠さんや中村さんのお話をしたくて、船隠さんは僕一昨年・去年とずっとlo-fi hip hopの動画を作ってて。

松浦

ああ、あれね、新井陽次郎さん監督の。

迫田

やってて、なんか本当にものすごくいい背景美術をね、あげていただいて。

松浦

彼もすごいっすよね。

迫田

うん。そう、香川にね、お住まいで香川愛というか、地元へ何かしたいという思いがすごい強い方で。

松浦

そう一回遊び行ったことありますけど、めちゃめちゃいい場所ですね。

迫田

というところですが、なんか最後に語り足りてないところとかあったら。

松浦

語り足りてないところ……まあ全部語ろうとしたらね、自分の人生と同じぐらい時間かかっちゃうんで。そうですね、まあそうだな。もうちょっと真面目な、主張的なことを言わせていただくとアニメ業界云々とかね、今、いろんな社会構造の問題……まあお金もそうですけど、ビジネスの問題とかありますが、やっぱね、根っこにはそうやっての僕が佐助さんの鋏を面白がるみたいにそういうまあ好奇心って言っていいかわかんないけど、大体まあなんか受け取る心とかね、あの「あ、これ面白いな」ってなんか反応する時の気持ちとかも大事だなと。

あで、ちょっともう一個、ちょっとエピソード話すと、僕の敬愛する西村佳哲さんっていうデザイナーさんがいらっしゃって、とても素敵な活動をされている方なんですが、その方が昔ブログに書いてて、夕日すごく綺麗な山の中で、夕日の時間帯で車通ってて、すごくその夕日が綺麗だったから、こう、ふと足を止めてボーっと眺めていたと。そしたらまあ、同じように車から降りて、足を止めて、夕日をぼうっと眺めている人がまあ何人かいて。で、こういう沈んでいく夕日を眺めて時を過ごし、夕日がこう地平線にすーっと沈んでいったら、またみんな車に戻って、こう歩き始めて、すぐまあ去っていったな……。そういう体験の話をされているブログがあって。

「美しいものが増えるより、美しいなって感じる心が増える方が大事なんじゃないか?」みたいなことを書かれてたんですよ。それ「ああ、すごくいい話だな」と思って。僕は次々作品とかこういうの作ろう、こういうのを作ろうって、要はどんどんどんどんこう物を製造したり、生産したりしようとするけど、スーッと沈んでいく夕日をただ眺めて、「あ、それは綺麗だな、美しいな」って思うその気持ちもね、十分にクリエイティブだと思うし、美しいなって思う心がまた美しいなと思うから。やっぱ自分の作品もなんかそういうなんか沈んでいく夕日をぼーっと見て「あ、綺麗だな」って思ってもらえるような、そういう存在でありたいなと思いますよね。っていう、そういう願いとか祈りを込めて、その作品も作りましたし、今やらせてもらってる仕事はそういう作品になるように頑張ってます。

迫田

じゃあ、今頑張られているお仕事が2024年に映画で見れたら。

松浦

そうですね、来年ちゃんと終われば(笑)。あの、これはね、ちゃんとお金がたくさん出てる作品なので、まあ締め切りが伸びるって事は、まあ、クラウドファンディングみたいにもうちょっとできてませんっていうことはないと思うんですけど。まあね、本当に日々いろんな問題があって、今日もこう長々とまたメインスタッフと打ち合わせをして、「ああするこうする」って、すったもんだしてますけど。やっぱ根底にはね、こう美しいと思う気持ちだったり、そういう、なんか自分のまあ愛なのか、でも愛っていうとまたね、その言葉で括りきれない何かが抜け落ちちゃうんですけど。やっぱ最後はそういう愛とか美とか自分が「いいじゃんこれ」って感じる方でやっていくしかないっすよね。まあお金も時間も大事ですけど、あと環境とか条件とか……ね。この会社がどうとか、あのスタッフがどうとか、そういうのたくさんありますけど。やっぱ根本はそのさっき、西村さんの話みたいにね、ぼーと沈んでいく夕日を見て「あ、綺麗だな」って、思うだけでいいと思うんですよね。その心があれば別に、いいんじゃないかな。まあ、そういう世界であってほしいなというか、思いますよね、締めっぽくなったかな。

迫田

いやいや、なんかもう最後の話なんか、まさその言葉をね、何の補強とか補完もなく、一旦言葉を入れてもらって、多分それを気づくタイミングに気づいてもらうしかない類の話じゃないですか。松浦さんが今言ったことの意味を理解できないタイミングに言われても全然入ってこない。まあやっぱこれはそっとね。心に落としてもらって、いずれそれを感じれる時に感じてもらう類のことだなあと思って。すごいいいお話ありがとうございました。

松浦

ああ、こちらこそ聞いていただいて、ありがとうございます。

迫田

いやでもねえ、びっくりしてるのが、あの色々な本当資本が絡んでいる劇場作品を作っている監督がこんなエモい話をその最中にできるのかっていうね。びっくりしますね。

松浦

いやあ。僕、多分図太いと思うんですよね。あと鈍感だし、どんなに嫌なことあっても寝たら忘れるんで(笑)。それはもうストレスを溜めないようにしてるから。まあ言い出したらキリないじゃないですか。その嫌なことも、イライラすることもね。だから、それはそんな時間ないんで、人生一回ですから。

だったらね、もう自分がいつも面白がってるねほうがちゃんと関わってくれる人もね、楽しいだろうし。それこそだから、僕がだから敬愛する押井さんみたいにね。もう押井さんが言うんだったらしょうがねーなって。こうみんな和気あいあいと仕事をしてた、すごくいい空気だったんで。やっぱ、監督である以上はね、そういう現場の空気をこう良くしたいなというかね。居心地がよくしたいなと思いますよね。

迫田

なんかちょっとまた繋がっちゃうんですけど、実写を撮られた経験がある監督は、身体性にそういうとこがなんかある気がするんですよね。もちろんこのなんだろうな、ちょっと聞いた話でしかないですけど、なんか負の側面もあるんだと思うんですよ。そのなんか体育会系のノリっていうところ、負の側面っていうか、やっぱちょっとハードな部分もあるかなと思うんですけど、人間関係の作り方とか。

だけど、やっぱり身体的に自分も相手もなんかニコニコできればオールオッケーみたいなことを言葉で説明するんじゃなくて、なんか感じることが、体が感じることが多いと思うんですよね。まあちょっとわかんないけど、まあ、押井さんもかなり実写撮られてると思うので。なんか自然とそういった身体性を持って、ご機嫌でいることを体得してらっしゃるのかな?みたいな。

松浦

そうですよね。イライラしてるとこ見たことないですからね。いつもなんか楽しそうなんですよね、押井さん。羨ましいですよね。

迫田

デジタル――特にアニメがデジタル化されることの恩恵っていっぱいあると思うんですけど、悪い面で言うと、やっぱりこの人と人とが、この血が通って肉がある人と人とがものを作ってるって感覚が希薄になることもあるとは思ってて。 あくまでこう板、光る板の前に向かい合ってて、ものができていくっていうのを身体性として感じるだけじゃないですか。特にリモートでやってると。だからなんかそれの効率はすごいあるんだけど、なんかご機嫌でいることが難しくなるような制作体制もまあできちゃうのかもなあなんていうのも思いながら、なんかちょっといろいろ。そんな中、松浦さん、ちょっとご機嫌にあの来年公開の作品作っていただけると嬉しいなと。

松浦

はい、頑張ります。

迫田

いやあ、でも今日はあの長い時間こういろいろお聞かせいただきましたけれども。またどこかで来ていただいて、あの追加でまた2024年とかにね。その公開時とかに来ていただいて、またお話できると嬉しいです。はい。それでは、松浦直紀さんに来て、お話をお聞きいただきました。今日ありがとうございました。

松浦

ありがとうございました。