各自的“靈魂”所講述的遊戲們―東京遊戲展2025 獨立遊戲探訪記【後篇】

那麼,在【前篇】的熱情尚未消退之際,報告將繼續進入【後篇】。接下來,讓我,莫布,來談談在幕張展覽館的喧囂中發現的三顆閃亮的寶石。 在【前篇】中,我們介紹了揭示現代社會不合理的中國遊戲、跨越語言障礙散發強烈氛圍的俄羅斯遊戲,以及超越理論的壓倒性“體驗”本身的德國遊戲,這些作品各自展現了不同的哲學。正因為是這樣一個巨大的盛會,角落裡遇到的個性更加突出。 而在【後篇】中介紹的,則是來自其他同樣充滿強烈能量的國家的遊戲。那裡存在著無法用理論或精緻來解釋的,類似於創作者初衝動的純粹“熱量”。或者,喚起曾經沉迷的記憶的舒適“懷舊感”。還有,在追逐獨立遊戲的過程中才能體驗到的,超越時間的“重逢的喜悅”。 那麼,讓我們立即從一款感受南美熱情的遊戲開始吧。 Lucha Masters: Mighty Lucha:無法理解,但能感受到的“熱量” 那麼,在【後篇】中首先介紹的是來自墨西哥的『Lucha Masters: Mighty Lucha』。與這款遊戲的相遇,始於一段奇怪的介紹影片。影片中,一名男子美味地咬著塔可,而在他身後悄悄靠近的阿霍羅特(美洲大蜥蜴)則奪走了塔可並逃跑……老實說,從那段影片中完全無法窺探遊戲內容,但卻有足夠的衝擊力讓人產生“這到底是什麼?”的強烈好奇心。 實際在展位上玩過之後,那種「這到底是什麼?」的感覺會更加深刻。本作是一款最多可供四人遊玩的動作冒險遊戲,採用懷舊的8bit風格圖形。在當今的獨立遊戲界中,許多作品以獨創的點子和新穎的系統為賣點,而像本作這樣擁有古老的街機遊戲靈魂,某種程度上非常“愚直”的作品,反而讓人感到新鮮,強烈吸引了我的注意。 然而,與那懷舊的外觀相反,難度卻相當高。接連出現的敵人,讓人難以應對的機關…。我在同一個地方耗盡力氣多次,最終在第三次挑戰後,不得不含淚放下控制器。 通常情況下,我可能會在這裡說「這遊戲對我來說不太合適」就結束了。然而,這款遊戲卻有一種超越這種理論的神秘“熱量”,吸引著玩家,讓人想要了解它的真實面貌。後來我查了一下,似乎稍微理解了這種熱量的來源。本作的故事是關於阿霍羅特爾的「魯喬」為了打敗墨西哥傳統傳說和神話中,特別是阿茲特克神話中的死神「米克特蘭特克特利」而戰鬥。 原來如此,我不禁拍了拍膝蓋。我從這款遊戲中感受到的那種難以理解的能量,或許是開發者們對自己國家文化(摔角、阿茲特克神話)的深厚愛情和尊重,以及「我們要把認為有趣的東西全部放進去」的初衷,混合而成的純粹結晶。這是獨立遊戲特有的光輝,絕非僅靠洗練或計算所能產生。 順便提一下,儘管我重複了那麼多次遊戲結束,但在展位上設置的扭蛋箱中,我還是得到了小小的角色手辦。這份微小的溫情,讓我的心情稍微得到了些許安慰,這是只有在這裡才能說的話。 深 四的目 -陰陽的巫女-:懷舊與“和”的恐懼交織的神秘地牢 接下來要介紹的是此次報告中唯一來自日本的作品、『深 四的目 -陰陽的巫女-』。這款在KADOKAWA Game Linkage攤位展示的和風潛行地牢探索遊戲,對於20歲以上的人來說,可能會讓人想起曾經由Chunsoft創造的「不思議的地牢」系列。我自己是透過寶可夢系列接觸這個類型的世代,因此能夠懷著一種懷舊的心情來遊玩。 故事開始於主角「ヨノ」作為巫女,為了尋找失踪的哥哥而踏入充滿物怪的宅邸。在每次進入時結構都會改變的詭異宅邸中,玩家將操作ヨノ,逃避或對抗襲來的妖怪,並朝著宅邸更深處前進。 這款遊戲有趣的地方在於,主角ヨノ基本上是一個沒有攻擊手段的弱小存在。因此,玩家不僅僅是擊敗敵人前進,而是需要利用道具設置陷阱,或是掌握敵人的位置以避開,始終需要動腦筋進行應對。這種「脆弱感」與和風恐怖的世界觀相結合,產生了獨特的緊張感。 而令我個人最驚訝的是,音效的高品質。雖然是體驗版,但角色的台詞竟然是全語音,這讓我感到驚訝。更重要的是,環境音和聲音的音量平衡調整得非常舒適,巧妙地營造出靜謐的恐懼感。順便提一下,當我確認門後是否有妖怪時,聽到的「申し申し」的聲音,對我來說非常可愛,讓我印象深刻。 當然,設置陷阱或攻擊特定範圍的系統本身,在這個類型的遊戲中並不罕見。然而,看到這些在「和」的世界觀中被重新詮釋為平時不太接觸的物件和設定,對我來說是一種微小但愉快的體驗。 遺憾的是,在這次的體驗版中,我無法體驗到預告片中看到的多樣敵人和機關,以及在危機時出現的另一個人格的部分,這些都是故事的核心。然而,這也反過來說明了我對產品版的期待更高了。我期待著揭開這個既懷舊又新穎的「不思議的地下城」的全貌。 Reverie:反轉空間與記憶的重聚拼圖 那麼,這次的東京遊戲展探訪記,最後要介紹的是來自韓國的拼圖冒險遊戲『Reverie』。這部作品位於Selected Indie區域,以其獨創的系統吸引了我的注意。 本作的核心在於「埋藏的空間」與「開放的空間」的反轉,這是一個非常獨特的規則。玩家可以站立的黑色方塊空間,以及可以自由移動的空無一物的空間。這兩種特性可以通過特定操作進行互換。曾經是牆壁的地方變成道路,而曾經是道路的地方變成牆壁。這個簡單規則的轉換,產生了驚人而深刻的拼圖。 每當我接觸到許多拼圖遊戲時,我總是會想,「究竟是怎麼想到這樣的發想呢?」這種純粹的驚訝和敬意。對於不太擅長拼圖遊戲的我來說,這也是理解和享受遊戲的第一步。《Reverie》同樣向我提出了這個問題。 然而,這次與這款遊戲的相遇之所以更加特別,是因為這並不是第一次的相遇。事實上,我之前在另一個活動中接觸過這款《Reverie》的早期版本。確實是去年與哈娜前輩一起參加的「Burning Beaver」吧。根據當時的記憶,這款作品似乎是一個更為嚴謹、純粹的拼圖遊戲。雖然被獨創的藝術和世界觀所吸引,但對於其難度的高低,我有些感到不安。 大約過了10個月。在這個世界上最大的遊戲盛典上偶然重逢的《Reverie》,從我記憶中的樣子中,確實有了明顯的進化。這次的體驗版,雖然遊玩時間比以前短了,但故事的引入、角色和世界觀的解釋則更加細緻地添加了進來。 追逐獨立遊戲的時候,有時會遇到這樣令人高興的重逢。曾經稍微感到遺憾的部分,或心中默默希望「如果這樣就更好了」的部分,隨著時間的推移,完美地得到了補充,並以更能觸及更多人的形式展現在眼前。這對於獨立遊戲的粉絲來說,是無法替代的喜悅之一。 曾經可能只會吸引純粹的謎題愛好者的《Reverie》,如今已經成長為一部能夠溫柔迎接被其獨特氛圍吸引的玩家的深厚作品。正因為能夠親眼見證這一喜人的變化,我才想將這款遊戲選為此次長篇報告的結尾。 報告的結尾 那麼,關於【前篇】和【後篇】中介紹的六款來自不同國家的獨立遊戲,您覺得怎麼樣呢? 中國的《感謝您的申請》所揭示的現代社會的不合理。俄羅斯的《SOBAKISTAN》所描繪的跨越語言障礙的氛圍。德國的《PVKK》所展示的超越理性的體驗力量。來自墨西哥的《Lucha Masters》所散發的難以理解的熱情。日本的《深 四的目 -陰陽的巫女-》所喚醒的懷舊與新的恐懼。以及韓國的《Reverie》所展現的愉快重逢與確實成長的故事。 這六部作品的共同點在於,即使在東京遊戲展這個巨大慶典的喧囂中,創作者堅定的“靈魂”始終存在於其中心,絕不會被埋沒。 大型標題的華麗也非常出色。然而,在這樣的不同國家和文化中,各自的創作者堅持追求自己所相信的“有趣”,所產生的多樣性,有時扭曲,但正因如此才顯得可愛的光輝,能夠接觸到這些,或許就是走在東京遊戲展獨立遊戲區的最大樂趣,我再次感受到這一點。 他們提出的六個不同的“問題”,再次給了我許多啟發和一些作業。那麼,我的“答案”將會是什麼樣的呢?這又是另一個故事。 那麼,我們下次報告再見。

境を越えるインディーの“熱”―BitSummit the 13th 合同レポート【ハナ編】

初めまして。SKOOTA編集部のイ・ハナと申します。いやはや、今年の京都の夏は本当に暑かったですね。後輩のモブが素晴らしいレポートを届けてくれた【前編】に続き、この【後編】は、わたくしイ・ハナが担当させていただく運びとなりました。 モブくんが海外のインディーゲームに注目した一方で、私はやはり、自身のルーツである「韓国のインディーゲーム」のブースに、自然と足が向かっておりました。特に今回は、韓国コンテンツ振興院である「KOCCA」が大規模なブースを構え、多くの韓国インディーゲームが日本のゲーマーの方々に紹介されていたのです。 かつて韓国のイベントで出会った作品が、こうして日本の大きな舞台で注目を浴びている光景は、個人的にも胸が熱くなるもでした。さて、そんな思い入れも交えつつ、私がBitSummitで出会った、個性が際立つ二つの「韓国インディーゲーム」について、ご紹介していきたいと思います。 破滅のオタク:ローカライズの難しさにも負けないゲームの魅力 まずご紹介いたしますのは、チーム「キウィサウルス」さんが手掛けるアドベンチャービジュアルノベル、『破滅のオタク』です。実はこちらのゲーム、以前私が韓国のイベントレポートで取り上げたこともあるのですが、今回KOCCAブースの一員として日本に初上陸し、ブースは常にたくさんの方で賑わっていて、一人のファンとして大変嬉しく思っておりました。 ご存じない方のために改めてご説明しますと、このゲーム、「ネットゲームのオタクである主人公が、限定グッズの共同購入で集めた500万ウォンを使い込んでしまう」というとんでもない導入から始まる、破滅的な物語です。そのストーリーもさることながら、本作の真の魅力は、その「ゾッとするほどのリアリズム」にあると私は考えております。オタク特有の言い回し、コミュニティの空気感、自虐的な思考回路…。知っている方ほどニヤリとし、そして同時に「これは自分のことなのでは…?」と胸が痛くなるような、絶妙なラインを突いてくるのです。 今回、日本の会場で改めて本作に触れてみて「日本語でもプレイできる」ということに驚きと嬉しさを覚えた私でしたが、一点だけ、少しながら懸念が頭をよぎりました。それは、「このゲームの本当の面白さ、日本の皆様にどこまで伝わっているのだろうか?」ということです。このゲームの面白さは、韓国のネットミームやオタク文化への深い理解があってこそ、その真価が120%発揮されるといっても過言ではございません。もちろん、日本語へのローカライズも丁寧に行われておりましたが、文化の壁を超えなければ伝わらない、言葉の裏にある微妙なニュアンスはどうしても伝えにくいところだと感じました。 『破滅のオタク』というタイトルは、主人公の「ジンダ」を指す言葉ですが、もしかしたら、このゲームのディープなネタを一つ一つ理解し、「面白い!」と感じてしまう私たちプレイヤー自身もまた、一般の方から見れば「破滅」への道を歩んでいるのかもしれないと思いつつ…。そんな、自虐的で少し背筋の寒くなるような共感が、このゲームの本当の恐ろしさであり、魅力なのだと思うのです。 これからもローカライズの道は、きっと茨の道でしょう。それでも、この唯一無二のアートスタイル、破滅的なのにどこか愛おしさを感じてしまうストーリーと世界観、そして誰よりもオタクを理解している開発者の皆様の情熱が、日本を、そして全世界を魅了する日が来ることを、私は心から願っております。 Dimension Ascent:“ユーズマップ世代”が切り拓く、新たな次元への挑戦 続いてご紹介するのも、同じくKOCCAブースで出会った、2Dと3Dが融合したプラットフォーマーアドベンチャー『Dimension Ascent』です。視点を切り替えて次元を行き来する、というパズルアクションで、以前モブが紹介していた『LOVE ETERNAL』と通じる部分もあるかもしれませんね。 ゲームとしては、非常にバランス感覚に優れた優等生、という印象でした。ただ見ているだけでは進めない道を、視点を切り替えることで突破していく。この「ひらめき」の感覚がとても気持ちよく、難易度も「うーん…」と悩む時間と「これだ!」と試してみる時間のバランスが絶妙で、ストレスなく楽しむことができました。ストーリーが少し掴みづらいかも、という点はありましたが、それを補って余りある面白さが、このゲームにはあったと思っております。 しかし、私がこのゲームを取り上げたいと思った最大の理由は、ゲーム性そのものよりも、開発者の方のプロフィールにありました。ブースでお聞きした、「スタークラフトのユーズマップ制作者出身」という、短い一文。この記事を読んでいる日本の皆様に、この一文が持つ「意味」が、果たしてどれだけ伝わるでしょうか? 少しだけ、韓国のゲーム文化のお話をさせてください。90年代後半から2000年代にかけて、『スタークラフトStarCraft』は韓国で社会現象と呼ばれるほどの絶大な人気を誇りました。そして、その人気を支えた大きな要因の一つが、「ユーズマップ(Use Map Settings)」の存在です。これは、ユーザーがゲーム内の機能を使って、全く新しいルールのオリジナルマップを自由に作り、共有できるという、当時としてはかなり斬新な遊びの一環でした。つまり、ユーズマップ制作者とは、「ゲームの中で、新たなゲーム性を見出し、遊びを提供する人」「ユーザーを楽しませるためにコンテンツを生み出す、ユーザーの中の開発者」のような、特別な存在だったのです。 そんな、いわば「遊びの天才」が、今、インディーゲームという新たなフィールドで、ゼロからご自身の作品を創り上げている。この事実だけで、とてもワクワクしませんか? 既存のゲームの枠組みの中で新しい遊び方を発見してきたそのご経験が、「視点を変えることで新しい道を発見する」という『Dimension Ascent』のコンセプトに、見事に昇華されているように私には感じられました。 ゼロから始まったこの挑戦が、BitSummitという世界への扉をこじ開け、より多くのプレイヤーを魅了していく。そんな未来を、心から応援したくなりました。そんな開発者の方の「物語」ごと、ユーザーとして楽しめるな作品でございました。 国境を越えて、ゲームは“熱”を伝える さて、わたくしイ・ハナがBitSummitで出会った、二つの個性的な韓国作品をご紹介してまいりました。ローカライズの壁という大きな課題がありながらも、その奥にある「オタク」というカルチャーへの深い共感が魅力の『破滅のオタク』。そして、開発者の方のユニークな経歴が、ゲームシステムそのものに物語性を与えている『Dimension Ascent』。どちらの作品も、ただ「面白い」というだけでは語り尽くせない魅力に満ちていました。 今回のBitSummitは「国際性」そのものを肌で感じられる、素晴らしいイベントでした。モブが紹介してくれた海外のゲームも、私がご紹介した韓国のゲームも、作られた場所も言葉も、そして文化も異なります。ですが、その根底にある「面白いものを作りたい」という作り手の純粋な熱意と、「これはわかる」というプレイヤーの共感は、驚くほど似ているように感じました。 結局のところ、インディーゲームの面白さとは、完成された製品としてのクオリティだけではなく、そのゲームが「なぜ」「どのように」生まれたのかという物語や、作り手の「こだわり」や「情熱」に触れることにあるのかもしれません。BitSummitという場所は、そんなゲームが持つ「言葉を超えた力」を改めて実感させてくれる、最高の空間でした。 この熱気を胸に、私たちSKOOTAGAMESも、自分たちのゲームで誰かの心を動かせるよう、また明日から頑張っていこうと思います。最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました! 今回のBitSummit、締めの一言 最後に、今回のイベントにおける感想を一言で表すと…

出会いは終わらない!雨の川越インディー探訪~ぶらり川越 GAME DIGGレポート【後編】

こんにちは、モブです。SKOOTAGAMESのネゴラブチームに所属しています。雨の中お届けした川越 GAME DIGGレポート、今回はその【後編】となります。 【前編】では、一杯のうどんに地域コミュニティの熱い想いが込められていた『湯斬忍者』、そして「コエトコ」という特別な空間で、プレイヤー自身が旋律を奏でるという忘れられない音響体験をさせてくれた『MeloMisterio -play your melody-』という、雨の中でも際立つ個性を持った二つの作品をご紹介しました。どちらも、単にゲームシステムが面白いという評価だけでは語り尽くせない、深い余韻を私の中に残してくれましたね。 さて、この【後編】で焦点を当てるのは、もう少し個人的な感覚や記憶、あるいは遊びの本質といった部分に、より深い印象を受けた二つの作品です。それは、画面を通して作り手の優しい眼差しそのものに触れるような感覚であったり、あるいは、すっかり忘れていた「みんなで集まって遊ぶ」ことの原風景を、鮮やかに思い出させてくれるような体験であったり。 一つは、まるで会場となった川越の、あの日の雨上がりの空気までも丁寧に描き出しているかのような、温かく優しい雰囲気のゲーム。そしてもう一つは、難しい理屈は抜きにして童心に返り、思わず声を上げてしまうほど、協力して遊ぶことのプリミティブな熱狂と楽しさを、改めて実感させてくれたゲームです。 どちらの作品も、あの日の雨の中で、そしてぶらり川越 GAME DIGGという少し変わったイベントだからこそ出会えたからこそ、より強く私の記憶に刻まれているのかもしれません。では、【後編】最初の作品となる、心温まる里山の冒険から、じっくりと見ていくことにしましょう。 里山のおと 春さんぽ:雨音に溶け込むタヌキの小さな冒険と、忘れかけた視点 『MeloMisterio』の美しい音色の余韻に浸りながら会場を歩いていると、まるで導かれるように次なる素敵な作品、『里山のおと 春さんぽ』と出会いました。プレイしてまず強く感じたのは、「もしかして、この川越 GAME DIGGというイベントのために作られたのでは?」と思えるほど、会場の雰囲気、そして当日のしっとりとした雨模様に、驚くほど自然に溶け込んでいたことです。大げさではなく、周りのブースからも「このゲーム、すごく雰囲気に合ってるよね」という会話が聞こえてきたほどだったので。 ジャンルはポイント&クリック形式のアドベンチャー。友達キツネくんからの「桜の下でお弁当を食べよう」という心温まる手紙を受け取ったタヌキくんが、目的の桜の木を探して冒険に出かけます。道中で出会う動物たちの助言や、道端で見かける植物を注意深く調べて得られる手がかりを頼りに、正しい道を探し当てて進んでいく…という内容です。どこか遠い昔の記憶を呼び覚ますようなストーリー展開と、水彩の筆遣いを思わせる温かみのあるアートデザイン。外は冷たい雨が降りしきっていましたが、ゲームの中だけは満開の桜がプレイヤーを優しく迎えてくれました。 絵本のような雰囲気ですが、抱いたのは「意外なほど、しっかり”ゲーム”としての手触りがある」という感想でした。私たちが普段想像する壮大な大冒険ではなくても、「友達に会いに行く」という、ささやかでミクロな冒険の中にだって、プレイヤーがゲームに期待する「試行錯誤する面白さ」や「発見の喜び」は十分に詰め込めるのだ、と深く感銘を受けただけです。 プレイヤーは手に持っている図鑑や、動物たちのアドバイスを元に、周囲の植物を注意深く観察することになります。そして、特定の植物の特徴を手がかりにして、目の前に現れる分かれ道のどちらがゴールの桜の木へと続いているのかを推理していく…。まるで小学生の頃の自由研究の課題のような、微笑ましくもちゃんと頭を使う探索体験に、気づけば短いプレイ時間ながらすっかり没頭していました。 こうした体験がなぜこれほど心に残るのか。それは、作り込まれた壮大な物語に没入する楽しさとは別に、こうしたミクロな視点から描かれる世界に触れることで、作り手が普段どんな眼差しで身の回りの自然や世界に触れているのか。その温かい視点の一部を追体験できるからではないでしょうか。正直、子供時代には持っていた、けれど知らず知らずのうちに失ってしまう感性や視点というものは、きっと少なくないはずです。このゲームは、そんな忘れかけていた何か…小さな発見に喜ぶ気持ちを、そっと掬い上げてくれるような、プレイヤーとしてはただただ有り難い時間を提供してくれました。 ところで、この素敵なゲームに私がたどり着いた経緯においても、少し面白いエピソードがあります。実は、『MeloMisterio』と同じ会場「コエトコ」の片隅、テーブルの上にふと置かれていた一枚のポストカードが、全ての始まりでした。白い紙に描かれた美しい桜の木のイラストに心が惹かれ、何気なく手に取ってみると、裏面には可愛らしい四コマ漫画が描かれていました。ゲームの大まかな導入部分がそこで紹介されており、「なんだこの可愛いゲームは」と感嘆し、そのままブースへと足を運んでしまったのです。この一枚は今後も特に大切にしまっておくつもりです。 そのポストカード同様、関連グッズも繊細で魅力的でした。特にブースで配布されていた栞のデザインはどれも秀逸で、思わず全種類を手に取ってしまったほど。ちなみにこの栞、投げ銭50円から、と案内がありましたが、とてもそんな価値ではいただけないと思い、勝手ながら一枚50円計算で4種類分、200円をお支払いさせていただきました。…と、ここまでは良かったのですが、なんとその際にお財布をブースに置き忘れるという大失態をやらかしちゃいました。もし、私の顔を制作者さんが覚えていなかったら、あの土砂降りの雨の中、東京から再び川越まで財布を取りに戻るという悲劇に見舞われるところでしたね。その節は本当にありがとうございました… インディーゲームには制作者さんの「好き」が色濃く反映されますが、時にプレイヤーを選ぶことも。本作も植物や動物への深い愛情を感じますが、その表現がユニークで温かいためか、普段馴染みのない人でも自然と惹きつけられる魅力があります。それはまるで、自分の専門分野について誰よりも楽しそうに、そして熱っぽく語る人の話に、テーマ自体への興味はそこそこでも、その熱意や人柄に惹かれて思わず聞き入ってしまう時の感覚に近いのかと。このゲームは、もしかしたら自分の中にも眠っているかもしれない、「道端の草花や小さな生き物を愛でる心」と久しぶりに再会させてくれた、貴重な体験となりました。 PONKOTS:予測不能な”ポンコツ”が生む、最高のカオスと協力の熱狂 さて、今回のレポートで紹介する最後のゲームであり、そしてこの雨の川越 GAME DIGGで、個人的に一番「面白い!」と感じ、そして一番大声で叫びながらプレイしたのが、この『PONKOTS』です。もう名前からして、ただならぬ「何か」が起こりそうな予感がしますね。 このゲームのコンセプトはすなわち、「互いに弱点をフォローし合う」ということ。3人から最大8人でプレイ可能な、協力型の2Dカジュアルアクションなのだそうです。世界観としては、プレイヤーは小さなオモチャたちを操作し、互いに助け合いながら、悪いブリキの王様たちから逃げて生き延びる…という、可愛らしい見た目とは裏腹に、どこか闇っぽさも感じさせるストーリーが背景にある様子。基本的なルールは意外とシンプルで、プレイヤーたちに向かって飛んでくる砲弾(ホウダン)に当たらないよう、ひたすら逃げ回るのが大前提です。 ただしここで強烈なひねりが。特定時間毎にランダムで一人、「ポンコツ」なり操作不能状態に陥ってしまうのです。他のプレイヤーは動けなくなった仲間がホウダンに当たらないよう、必死で押し出して位置をずらしたり、時には自らが盾になったりして守らなければなりません。刻一刻と状況が変わる中で、瞬時の判断力と仲間との呼吸が試されるのです。 説明だけではピンと来ないかもしれませんが、このゲームの面白さは体験しないと100%伝わらないタイプかなと。ただし私の体験では、イベント試遊で間違いなく一番声をあげていたゲームでした。もちろん、雨が降る屋外に近い会場で、多少大声を出しても大丈夫だったという前提条件が付きますが。 最低3人から、というのが少しネックで、一人参加の私は諦めかけましたが、制作者の方二人が快く加わってくださり即席プレイがスタート。初対面なのに、まるで旧知の友人の家に集まってスマブラでも始めるかのような、和気あいあいとした雰囲気の中で、簡単なゲーム説明を受け、気づけばオモチャたちを必死に操作していました。実際のプレイには更に多くの要素がありますが、確かなのは「息つく暇もないカオス」を連続的に演出し、皆が「うわー!」「そっち行った!」「助けてくれー!」と悲鳴にも似た歓声を上げながら、それでも笑いが止まらない、最高のパーティーゲーム体験だということ。もちろん、制作者さんの盛り上げも素晴らしかったです。 この面白みを例えると、常に「時限爆弾のタイマーが残り1秒で、赤か青か、正しい色のコードを切らなきゃ」的な状況が続いていることかなと。ポンコツ化、砲弾、ギミック等全てが予測不能な「ワチャワチャ感」のために計算されています。90年代風レトロアートやガチャガチャと鳴る金属質な効果音、焦燥感を煽るアップテンポなBGMも、切迫感を増幅させていました。そして体験の核が「ランダム性」の絶妙な使い方。多くの要素がランダムに決まることで、プレイヤーは常に不安定さと不確実性の中に置かれます。予期せぬ脅威にアドリブで対応するしかない。この「不安」が協力しなければという一体感を生み、最終的に「爆笑」へ昇華されるのです。このゲームをプレイして、「ああ、本当に面白い協力ゲームって、こういう熱狂を生み出すものだよな」と、改めてその理想形の一つに触れたような気がしました。 …と熱く語りましたが、少し個人的で突飛かもしれない考察を一つ(私の勝手な解釈です)。本作は、ある意味で現代における”アンチ・テーゼ”としてのゲームなのかも、と感じました。というのも、昨今のゲームは洗練されたソロ体験や個人のスキル重視が主流に感じますが、『PONKOTS』の協力はもっとプリミティブ。「ポンコツ」になった仲間を周りが文字通り体を張って必死で助ける、相互扶助そのものに重きを置いています。「個」の熟練度よりも「場」の一体感や、「みんな」でいることの偶発的な楽しさ、友達の家で騒ぐあの原風景こそが本作の核ではないか、と。 「ランダム性」の扱いも同様です。多くのゲームでランダム性は「便利な万能調味料」的に使われがちですが、『PONKOTS』では違う。プレイヤーを助けるのではなく、むしろ脅かし、カオスと協力せざるを得ない切迫感を生む「揺らぎ」として機能しているのです。だから悲鳴を上げつつ笑ってしまう。それは、子供の頃、友達みんなでトランポリンに乗って、不安定な足場にまともに立っていられずに転げ回りながらも、なぜかみんなで大笑いしていた、あの時の感覚にとても近いのかもしれません。 制作者さんとは深い話はできませんでしたが、何よりも、初対面の私に対して、あれほど熱心に、そしてご自身も最高に楽しんでプレイに付き合ってくださったことに、心から感謝の気持ちを伝えたいです。普通、協力プレイが前提のゲームを一人で試遊するのは物理的にも心理的にもハードルが高いことが多いですが、『PONKOTS』に関しては、「このゲーム、絶対に誰かと一緒に遊びたい!」という気持ちが、プレイ後、非常に強く込み上げてきました。これは本当に久しぶりの感覚です。まだ制作中のゲームとのことですが、「このゲームがリリースされる日までに、一緒に腹を抱えて笑い転げられる友達を、ちゃんと作っておかないと」 そんな、未来への妙な決意(?)と期待感まで抱かせてくれた、素晴らしい作品との最高の出会いでした。 雨の川越、ゲームとの一期一会 さて、ここまで雨天の中開催された川越 GAME DIGGで出会い、心を掴まれた4つの個性的なインディーゲーム、『湯斬忍者』、『MeloMisterio -play your melody-』、『里山のおと 春さんぽ』、そして『PONKOTS』について語ってきました。どれも、あの日の天気、あの場所でなければ、また少し違った印象を受けたかもしれない…そんな、まさに一期一会と呼ぶにふさわしい出会いだったように思います。 正直なところを言えば、イベントの大きな特徴であったはずの「オープンタウン型」というコンセプトは、残念ながら降り続いた雨によって、そのポテンシャルを最大限に体験するには少し難しい状況だったかもしれません。パンフレットを片手に、歴史ある川越の街並みを散策しながら点在するブースを巡る…という、当初思い描いていた理想的な楽しみ方は、叶わなかった部分も確かにあるでしょう。 しかし、だからといって、このイベントでの体験が無意味だったかと問われれば、答えは断じて「否」です。『湯斬忍者』が教えてくれた、ゲームを通じた地域コミュニティの熱意と新たな交流の可能性。『MeloMisterio』が響かせた、歴史的建造物というリアルな空間とデジタルアートが融合する、不思議なな音響体験。『里山のおと』がそっと気づかせてくれた、日常のすぐそばに潜む小さな冒険と、忘れかけていた優しい視点。そして『PONKOTS』が叩きつけてきた、協力プレイというものの原初的な熱狂と、笑いの絶えない最高のカオス。 これら一つ一つの強烈なゲーム体験は、たとえ悪天候という逆風の中であっても、いや、むしろそんな状況だったからこそ、より一層その輝きを増し、私の記憶に深く、そして鮮やかに刻まれたのかもしれません。それぞれのブースで、雨にも負けず、自らの「好き」と「作りたいもの」を形にし、訪れる私たちと情熱的に繋がろうとしていた開発者の方々の真摯な姿も、間違いなくその輝きを後押ししていました。結局のところ、どんな状況であろうとも、面白いゲーム、心を動かすゲームというのは、その本質的な魅力を決して失わないものなのだな、と改めて実感した次第です。 今回の川越