あけましておめでとうございます。 SKOOTAGAMESのネゴラブチームに所属しております、モブです。 新しい年、2026年が幕を開けましたね。皆様、どのようなお正月を過ごされたでしょうか。 私はというと、少し時計の針を戻しまして…昨年の暮れ、12月27日、西の都・大阪へと向かっておりました。 その目的はただ一つ。2025年最後にして、関西初上陸となるインディーゲームの祭典、「大阪ゲームダンジョン」をこの目で確かめるためです。 師走の忙しさもピークを過ぎた時期でしたが、会場となった大阪・梅田のスカイビルには、寒さを吹き飛ばすような熱気が渦巻いていました。東京で生まれた「ゲームダンジョン」が、ついに大阪の地でどのような化学反応を起こすのか。 会場を巡りながら私が感じたのは、ここに集まったゲームたちの持つ、ある種の「個性」と「潔さ」でした。 万人に好かれようと角を削るのではなく、尖った部分をあえて残すことで、唯一無二の面白さを追求する姿勢。それは人によって好き嫌いが現れる箇所になるかもしれません。しかし、だからこそ波長が合った時には、代わりの効かない「最高のゲーム」になり得るのです。 今回は、そんな少し癖はあるけれど、だからこそ私の心に強く響いた四つのゲームについて、私が感じた「好き」の理由と共にお届けしたいと思います。 ぜひ、あなた自身の「好き」を探すつもりで、読み進めてみてください。 DRAW WORLD:「ババ抜き」ではなく「ハリガリ」? リアルタイムで描く緊張のカードバトル まず最初にご紹介するのは、『DRAW WORLD』です。 一見すると、懐かしのRPGツクールで作られたような、マップを探索して敵とエンカウントする王道RPGのスタイル。しかし、その戦闘システムには「カードゲーム」の要素、それもデッキ構築型のシステムが組み込まれています。 コストを消費して攻撃や防御のカードを切り、敵の体力と自分の状況を見極めながら最善の一手を打つ。ここまでの説明であれば、多くのゲーマーの脳裏には『Slay the Spire』のような類似作品が思い浮かぶことでしょう。 しかし、この『DRAW WORLD』には、それらの作品とは決定的に異なる点がありました。それは、戦闘が「ターン制」ではなく、常に時間が流れる「リアルタイム」で進行するという点です。 既存のデッキ構築型ゲームが、じっくりと長考し、最適解を導き出す「ババ抜き(Joker抜き)」のような静的な駆け引きだとするならば、このゲームは反射神経と瞬時の判断力が問われる「ハリガリ」のような、動的な緊張感とスピード感に満ちているのです。常に迫りくる敵の攻撃を前に、カードを切る手には自然と力が入り、強烈なプレッシャーを感じることになります。 正直なところ、このシステムは好みが分かれる部分かもしれません。ターン制特有の「時間に縛られない安心感」や「無限の可能性を考慮できる思考の深さ」こそが、このジャンルが多くの支持を集めた要因の一つでもあるからです。 しかし、だからこそこのゲームに面白みを感じるユーザーもたくさんいるはず。「全員が好きなターン制」ではなく、「このヒリヒリする緊張感がたまらない」という誰かにとっては、言葉の通りたまらない体験になるはずです。既存の文法に囚われず、リアルタイムならではの緊迫感をカードバトルに持ち込んだ本作。そのスリルを愛するプレイヤーにとって、代わりの効かない最高の体験になる予感を感じました。 なお、『DRAW WORLD』は現在Steamで体験版が配信中とのこと。もしあなたが、思考の瞬発力を試される新しいカードバトルの形に興味があるなら、ぜひ一度プレイしてみることをお勧めします。 PLATONICA SPACE:足場のない空間で、ただ「不安」と浮遊する 続いて紹介するのは、3Dアドベンチャーゲーム『PLATONICA SPACE』です。 このタイトルにピンと来なくとも、Kazuhide Okaさんの名前、あるいはKazuhide Okaさんの手掛けた『ナツノカナタ』や『ガールズメイドプディング』といった作品をご存じの方は多いのではないでしょうか。もしそうでなくとも、会場でこのゲームが放っていた独特の静謐な空気に、思わず足を止めた方も少なくないはずです。 ゲームは、どこまでも部屋が続いているかのような不思議な空間で、宇宙服を着た一人の少女と出会うところから始まります。記憶を失っているらしい主人公(私)は、部屋を彷徨いながらアイテムを見つけ、それを配置することで少しずつ記憶を取り戻していく…というのが、主な流れのようです。 短い試遊時間でしたが、デモをプレイして私が感じたのは、「足場のない空間で、頼りなく浮遊しているような感覚」でした。 なぜこんな場所にいるのか、目の前の少女は何者なのか、自分は誰なのか。何もかもが分からない未知の空間で、「記憶を取り戻す」という唯一の手掛かりだけを頼りに、あるかどうかも分からない正解を探して歩を進める。その経験は、人によっては「ただただ不安だ」と感じるものかもしれません。 しかし、もしこのゲームに強く惹かれるとしたら、その不安でぎこちない初動の中に、「何が出てくるか分からない」という一抹の期待と、想像の余地を残してくれているゲーム内の「余白」にこそ、魅力を感じているからではないでしょうか。 全てを説明し、手取り足取り導いてくれるゲームが溢れる中で、プレイヤーに解釈を委ねる。そんな体験だからこそ、波長が合った時には深く心に刻まれるのです。このゲームは、そんな「よく分からないけれど、ずっと頭の片隅に残り続ける」不思議な余韻を愛する人々のために作られたようだと、私は思いました。 Cinch Bridge:無表情なカエルの進撃と、愛すべき「キャラゲー」の側面 三つ目に紹介するのは、2Dプラットフォーマーゲーム『Cinch Bridge』です。 プレイヤーは、自動で前進し続けるカエルの主人公が無事にゴールへ辿り着けるよう、足場となる橋やオブジェクトを配置してサポートします。落下や敵との衝突を防ぎながらゴールを目指す、一見すると非常に分かりやすく、直感的なシステムのゲームです。 しかし、その親しみやすい見た目とは裏腹に、難易度はかなり高めでした。 単に穴に落ちないよう橋を架けるだけかと思いきや、ステージが進むにつれて「焚き火を拾って蜘蛛の巣を燃やす」「剣を拾って敵を倒す」といった多彩なギミックが次々と登場し、その処理手順やタイミングを瞬時に判断しなければなりません。正直なところ、パズルがあまり得意ではない私は、その急激なテンポの変化になかなかついていけず、かなり苦戦していました。見た目から感じるハードルが低い分、もう少し段階的なレベルがあれば…という惜しさも少しながら感じました。 ですが、そんな苦戦の中でも、私がこのゲームに強く惹かれた点があります。それは、キャラクターに対する「愛着」です。 主人公のカエルは、基本的に無表情のままひたすら前進するだけです(障害物に当たれば振り向いたりはしますが)。しかし、どんな状況でも無表情を貫くそのシュールな姿や、一生懸命前に進むために動く小さな手足のアニメーションを見ていると、不思議と「頑張れ!」と応援したくなってしまうものです。 インディーゲーム開発において、リソースは常に有限です。多くの作品が「斬新なゲーム性」や「優れたストーリー」といった強みを尖らせる方向にリソースを割く中で、本作のようにシンプルながらも「キャラクターの魅力」をしっかりと感じさせる作品は、意外と珍しいのでないでしょうか。 誰もが簡単にクリアできるようなゲームではないかもしれませんが、何度も失敗しながらも、この無表情なカエルをゴールまで導いてあげたいと思わせる不思議な愛嬌。それこそが、このゲームで自ら感じる魅力であり、特定のプレイヤーを虜にする理由なのだと感じました。 『Cinch
Encountering “Reading” Games in Shinjuku – DREAMSCAPE #3 Detailed Report
Hello, I am Mob, part of the Negorabu team at SKOOTAGAMES. It has become my daily routine to quietly enjoy the aroma of brewed coffee in between typing on the keyboard. Recently, I attended the indie game exhibition exclusively for novel games, “DREAMSCAPE#3”, held at Shinjuku Lumine Zero. This event,
独特なコンセプトで武装したインディーゲーム 〜ゲームパビリオンjp 2025レポート〜【中編】
こんにちは、モブです。前回の記事に続き、ゲームパビリオンjp 2025レポートの第二回をお届けします。前回は「独特な雰囲気を醸し出すミニマルなインディーゲーム」として、小規模ながらも深い没入感を提供する作品を紹介しましたが、今回は少し趣向を変えて「独特なコンセプトで武装した、一方で闇を感じるインディーゲーム」に焦点を当てます。 インディーゲームの魅力の一つは、誰も思いつかなかったような斬新な発想や、それゆえの自由さにあります。今回紹介する二つのゲームは、まさにその魅力を最大限に生かし、一見すると明るく可愛らしい外観の下に、意外な「闇」や複雑さを秘めた作品です。 大阪のイベント会場で出会ったこれらのゲームは、プレイした瞬間に「こんな発想あったのか!」と驚かされると同時に、その裏に隠された深い思考に感心させられました。それでは、早速見ていきましょう。 超絶融合バビおじ症候群:ギャップがもたらすインパクト 続いて紹介するのは『超絶融合バビおじ症候群』です。カジュアルなリズムゲームというジャンルながら、バーチャル配信者をモチーフにした独特なコンセプトが目を引きました。なんと、中身はおじさんなのに見た目は美少女バーチャル配信者という主人公「しらぽん」が、人気配信者を目指す旅を描いているのです。可愛らしいUIとキャラクターデザインから感じられる闇のギャップが印象的で、思わずプレイしてしまったタイトルでした。 プレイ方法はシンプルです。三つのラインに沿って飛んでくるコメントのノーツを、スワイプ、タップ、ホールドを使って処理していくのです。一文で説明できるほど単純な仕組みなので、それほど難しくないだろうと安易に考えていた私の甘い考えを見事に打ち砕くように、このゲームの難易度は予想以上に高かいものでした。 イージー、ノーマル、ハードに分かれた難易度の中で無難にノーマルを選んだものの、なかなかついていくのが難しい。おそらく、会場という環境で曲をしっかり聴けず、動体視力だけでノーツを追いかけなければならなかったことが原因かと。また、慣れないスワイプ・タップ・ホールドという操作方法が相まって、そのような困難に直面したと思いつつですが…結果的に成績はCランク。わずか28人のチャンネル登録者しか獲得できないまま終了してしまいました。残念な結果でしたが、次のプレイヤーが待っていたため、そこで席を離れざる得ませんでしたね。 印象的な点と言えば、やはりゲームのコンセプトでしょう。バーチャルで美少女アバターで配信するおじさんとは…。アイデアとして思いつくことはあろうけれども、なかなか行動に移すのは容易ではない企画だと思います。その意味では、弊社レーベルの『ももっとクラッシュ』の「太ももで魂を挟んで浄化する」というコンセプトを連想させる部分もありました。 参考になったのは、やはりゲームの背景部分です。タイトル画面から暗く映し出される主人公の部屋の中が、あまりにもリアルで目が離せませんでした。黄ばんだ壁紙と薄暗い雰囲気の中のテレビやカレンダー、机の上に置かれたのは新聞とタバコ、そしてビール。そのような風景と対照的な「しらぽん」ちゃんがとにかく可愛いですと。コンセプトを単なるコンセプトで終わらせず、きちんとその闇を感じられるよう考え抜かれていることが伝わってきました。些細だけれども決して小さくない部分ですよね。 時間の関係で多くの会話はできませんでしたが、今回のイベントで初めて出会ったゲームだけに、今後の展開が楽しみです。次は東京のイベントで再会できることを期待しながら、次のゲームに移りましょう。 来りてモグモグ:記憶を手放す先に見える世界 次に紹介するのは『来りてモグモグ』です。イベントの出展情報で語られている説明によると超短編ノベルゲームとのこと。実際にノベルゲームコレクションで公開されたこの作品は、15分という短いプレイ時間を持っていましたが、その内容は決して短いものではありませんでした。このゲームの特徴を一言で表すなら「メタ性」ともいえるでしょう。 ストーリーは、ある日突然プレイヤーの前に現れた正体不明の存在が、ゲーム内に存在する五つの記憶のうち四つを渡さなければならないという話から始まります。主人公が渡せる五つの記憶とは、「名前」「言語」「現実」「音響」「色彩」とのこと。ここで選んだ選択肢は文字通りゲーム内から消えてしまい、プレイヤーはゲーム内のヒントを通じて最後の4つ目の記憶を渡すまでのエンディングを探っていくことになります。 記憶を渡すという独特の世界観と設定、そしてそれがゲーム内要素として反映されるという斬新な構造に興味を覚え、イベント開始前から注目していたゲームの一つでした。プレイ方式は文字通り選択型ノベルゲーム。難しく考える必要はなく、与えられた選択肢を選ぶだけのシンプルな方式ですが、この独特なシステムがプレイヤーに思考と好奇心の余地を与えていたのです。 例えば、私は最初に「言語」を選びました。なぜなら最初、「言語を特におすすめする」というセリフがあったからです。そうして言語を選ぶと、画面上のテキストが漢字と特殊記号が混ざった文字の集合体(言語モジュールが故障したときによく見るやつ)に変わってしまい、目の前の人物が何を言おうとしているのかも分からないまま手探りでゲームを進めることになります。しかも残りの4つの選択肢でさえも文字が崩れていたので、次に選んだものが何なのかさえ分からないまま選んでしまうという状況に陥ったほどです。 プレイ中に制作者さんから教えていただいたのは、記憶を失ったからといって必ずしも対処できないわけではないということ。例えば(少しネタバレになるので苦手な方は読み飛ばしてください)、言語の場合、ノベルゲームでよく見られるログ記録を通じて、相手が何を言ったのかを確認できるのです。このように、一見単純な選択肢を選ぶだけのゲームで、プレイヤーは自分の行動をより熟考し、その思考を通じて選択肢の結果をゲームのシステムで克服できるという独特な構造になっていました。 最も印象的だったのは、開発者との会話で聞いたこのゲームがティラノビルダーで作られたという点です。もちろん、ティラノスクリプトを直接編集する必要はあるとのことです。先ほど述べたノベルゲームコレクションで公開されたという言葉で既に察している方もいるかもしれませんが、個人的にティラノビルダーをあまり経験したことがない立場だったので、こんなゲームを作れるというのは正直ショックでした。 私も一時期ノベルゲームを制作する中でUnityの宴を使って色んなのチャレンジをしてきたのですが、当時見送ったティラノビルダーでもこんな素晴らしいゲームを作れるとは。「今更」という思いもありますが、今後ティラノビルダーで作られたノベルゲームコレクションのタイトルもしっかりチェックしなければ、そう思わせてくれた一本でした。 「表と裏」が織りなす魅力 今回紹介した『超絶融合バビおじ症候群』と『来りてモグモグ』、この二つのゲームを通じて感じたのは、インディーゲームが実現できる「表と裏」の魅力です。 表面的には可愛らしいキャラクターや親しみやすいUIを纏いながら、その実態は予想もしない内容や深みを持つ―これはある意味、より自由な発想と思考の行動ができる、インディーゲームなれではの試みとも言えるでしょう。 『超絶融合バビおじ症候群』では、美少女バーチャル配信者の裏にいるおじさんという設定自体がその二面性を表していますし、『来りてモグモグ』においては、選択によって失われる「記憶」という要素が、プレイヤー自身の体験そのものを変質させていきます。 大阪で出会ったこれらの作品は、「ゲームとは何か」「体験とは何か」という根本的な問いかけをも含んでおり、プレイ後もしばらく頭から離れない余韻を残してくれました。 次回の第三回では「デザインと操作感に心血を注いだインディーゲーム」と題して、インディーながらもメジャータイトル顔負けの完成度を誇る三つの作品をご紹介します。お楽しみに。
