時はまた遡って2011年度の夏。中学生になった筆者はいつもの通りWebtoon好きのオタクだった。
いや、むしろその時期の自分こそ「人生でもっともWebtoonが好き」だったのかもしれない。
手のひらくらいあったちっちゃいタブレット画面上で「どこでも、いつでも漫画が読める」という感覚は、幼い自分を含めて多くの中高生を魅了させるに足るものだった。
10代にスマホが普及され始まった2010年度以来、指先でスクロールして読める縦読み漫画、すなわち「Webtoonの体験」はあり得ないスピードで我々の生活に浸透してきたのだ。
ゆえに当時中学生だった筆者からするとあの時期はもう大海賊時代、いや、大Webtoon時代の始まり、だといっても良いくらい。
そしてWebtoon読者に中高生がたくさん流入されたという現象が、当時の人気作品の並びにも影響を及ぼし始めた。それで現れたのが学園モノの台頭。ジャンルは問わないが、主人公がともかく中高生であることに何らかのこだわりを感じているような作品が次々と出てくる。
『ゴット・オブ・ハイスクール』、『千年の九尾』、『オレンジマーマレード』、『ファッション王』、『高3が家出した』、『こんなヒーローはイヤ!』…
まさに2011年度に連載を始めた作品を見ていると、なにげなく思い浮かぶこと。
色はそれぞれ違う作品の中身に、主人公だけ中高生に切り替えたという感想が突き出てしまう。
相当生意気な考え方かもしれないが、Webtoonに対して謎のこだわりを抱えていた思春期の自分は、その時代の流れというものに飽きれたのかもしれない。
突然現れた「異端児」のWebtoon
『HELLPER』(2011)
「やっぱりはやっぱりやっぱりだな」
都市を守るガードトライブのリーダー「ジャン・グァンナム」。彼が謎の交通事故で亡くなった後、幽明から広がる感性アクションファンタジー漫画。(著者訳)-『HELLPER』シーズン①「MADMAN」の説明
その中で突然現れた作品があった。
どこか既視感を覚える当時のWebtoon界に、新しい「異端児」が。
だからといってそんなに斬新でもなく、そんなに見慣れてもいないこの作品に筆者は何らかの違和感を覚えていた。
「ヤクザが育つ温室」とも呼ばれる、ガナ市出身の主人公ジャン・グァンナム。グァンナムは生まれ育った町をヤクザから守るために、地域の不良を集めてガードトライブ(自警団)の`キルべロス`を結成する。優れたリーダーシップで町を守っていた彼だが、不意の交通事故により死亡。
シーズン①「MADMAN」のあらすじ
死後、地獄行きを意味する黒いチケットが与えれたグァンナムは自らの運命に逆らおうとする。噂によると、黒いチケットを100枚集めることで天国に行けるか、もしくは転生ができるという。現世に残っている恋人の子供として転生するために、グァンナムは残り99枚のチケットを集めることを決心するが…
今見ても珍しい、個性豊かな絵柄。方言が混じってて多少読みづらいキャラのセリフ。しかも当時人気だった学園モノでもない、意外とゴリゴリの少年漫画の雰囲気を感じられる。
少年漫画といえば『ノブレス』(2007)や『神の塔』(2010)が覇権を握っていたあの時期に、連載を始めた『HELLPER』には不幸にも当初、あまりいい反応を得られなかった。
ロマンは照れ臭い言葉となり、感性は中二病になってしまった。余裕は暇な人間しか持てないという。「情熱」という言葉がダサくなかった、あのころが懐かしい。
-『HELLPER』175話
連載開始から苦汁をなめていた『HELLPER』は、幸いにも4年間続いたシーズン①を成功的に終える。しかも最終話まですごい勢いでファンを増やしていった『HELLPER』は、上記の二作を追い詰め、最後に至っては連載曜日の覇権を握ってしまう。
その人気は2年後にまた続き、再度連載を始めたシーズン②は成人向けだったにも関わらず堂々と連載曜日の人気ランキング一位まで登り詰めた。
筆者もどこかで見たような、それでもなんか馴染み薄いこのWebtoonのことが大好きだった。
背景によって変わり続ける絵柄を含め、分かりづらいけど生々しいセリフの書き方、独特に見えてもちゃんと王道を歩む展開、年齢制限をギリギリまで試すような表現まで…
簡潔に言って、上手く作り上げた構成にも関わらずどこかあやふやに見えてしまうWebtoonだったと、ここではつづめておきたい。
しかし何らかの誤解が生じる前にここで一点、皆さんに伝えたいことがある。
これから説明していく『HELLPER』の「異端児」らしさは、単に当初の評価を覆して覇権を握ったという上記の話とはまた別のものとして取り扱うつもりだ。
『HELLPER』はどうやって売れる作品になったのか。もちろんそれも興味深い話題であるには違いない。
しかし、これから語っていく『HELLPER』がWebtoon界に残した足跡はそういう数値の変化にとどまらないと、筆者は言い添えておきたい。何より『HELLPER』は、連載を始めた2011年度からシーズン②の連載を終えた今月に至るまで、Webtoon界に一番多くの変化をもたらした一作であることを忘れないように。
Webtoonの読み方からして、産業全般にかかわる検閲に至るまで…
果たして、Webtoon界に変化をもたらしたその「異端児」らしさとは。
既存のWebtoonの「読み方」に抜けていたもの:スクロール漫画の完成は読者の指先から
『HELLPER』が最初、注目を集めた要素は意外とその「読み方」にあった。
「Webtoonはそもそも縦読みではなかった。」
今までの記事を読んできた皆さんは何度もこの文章を目にしたはずだ。
「単純にコマを縦に並べただけの漫画」に縦読みの理由を示した『強いやつ』(2008)から、Webtoonの読者に「デジタルで漫画を読むという自覚」をもたらしたホランの『オクス駅の幽霊』(2011)に至るまで。
その二作品すらついに見逃してしまったことに『HELLPER』は突然、ある疑問を投げかけてきた。
それは、あくまでも読む側がコントロールを握っているWebtoonの読み方に対して、「ここはもっと早く・ゆっくりスクロールを流してもらえませんか?」と堂々と言いかけてくるようなものだった。
限られているWebtoonのスペースの中、一見すると意味のないコマが続く。
それは作者が残した「※スクロール:はやく▼」を目にする途端、既存のWebtoonとはまた違う感覚をもたらす一つの装置と化するのだ。
実際スクロールのスピードを示す一言がどれだけ作品の質の向上に貢献したかは不明なものの、それを目にした読者の頭にはたぶん今まで気づいてなかった感覚が芽生えてしまうのであろう。
普段自然に受け止めていた読み方の要素。すなわち我々は、いやでもWebtoonを読む「自らのリズム」に向き合ってしまうのだ。
このシーンはより早く、このシーンはもっとゆっくり。
それを意識することで読者の視野には各々の差が生じてくる。普段コマをじっくりと観察していた読者は読んでるシーンの緊迫さと迫力を体験する一方、ついついとスクロールを流していた読者はかつて見逃してしまった細かいところに気づく。
スクロール漫画の完成は読者の指先から(著者訳)
-SAKK(第10話、作者の一言より)
もちろんこういう作家の一言に対して、「余計なお世話」だと指摘する声も当然ありうるわけだ。
しかしSAKKの一言の通り、この発想はおそらくパラパラの横読み漫画上だとたどり着かなかった、縦読みのWebtoonならでは意識上で生み出されている。
ゆえに確か、一見すると冗談にしか見えないこの一言の行く先は、ちゃんとスクロール漫画の「完成」に向けて書かれていたと、筆者は評価しておきたい。
漫画に限らないWebtoon:音楽からファッションに至るまで
他にも『HELLPER』といえば思い浮かぶ特徴がある。
それは作家のSAKKが、『HELLPER』を通して他のジャンルとよくコラボを行うということ。
例えばWebtoonに入るBGM。Road to Webtoonの第2話で説明したように、ホランという作家の登場以来、Webtoon内にBGMをつけることはどんどん一般化していた。ゆえにBGMの機能そのものはさほど珍しくなかったものの、『HELLPER』はその中でも載せる曲のユニークさで評価されていた。
この曲の選定については、SAKK本人が音楽業界に顔が広いのか、知り合いのプロデューサーから直接曲をもらって作品に載せたと知られている。そのプロデューサーの中には韓国のヒップホップ界で有名な人も混じっていた。(例えばLoptimistとか)
『HELLPER』がやたら韓国のヒップホップシーンと関わりを持っていることも、その影響なのかもしれない。
その一例が上に曲を載せているC JAMMのケース。彼はグァンナムのセリフ「やっぱりはやっぱりやっぱりだな」をオマージュして曲を出すほど、『HELLPER』のファンであることを公言していた。その『HELLPER』に対する強い思いはSAKK本人も承知の上、C JAMMのカメオキャラクターを作品内に登場させることすらあった。
堂々と付けられている。
こういう流れは作品内でどんどん広まっていき、のちには作品と関りのない有名人をカメオとして出演させたのではないかという疑惑を生み出していった。
例えば、アイドルであるBTSのRMとWINNERのソン・ミンホをパロディしたような「ジャップモン」、「マイナー」というキャラが出てくるとか。どう見ても韓国の有名アーティストのIUをモチーフにしているような「イ・ジグム*」というキャラも出てくる。
ゆえに作品を読んでいる読者からすると、「私が知っている有名人がこんなキャラになっていて面白い」とか「関係のない人を勝手に費やしている気がして不快だ」という反応が生まれてくるわけだ。
*IUはSNSやコンテンツなどで自らを「イ・ジグム」と称することが多い。
有名人をカメオとして出演させることについて、アイドルのファンから怒りを示しているという記事の一部。
(引用:https://www.busan.com/view/section/view.php?code=2020091317290798490)
また、『HELLPER』はファンションとの関りも深い。
そもそも作品の中に主人公のグァンナムが、元ヤンキーの仲間を集め、洋服の商売をするという設定がある。それを生かしてSAKKがリアル世界に生み出したブランドが『KILLBEROS』。サイトの説明にも書いてあるが、韓国初の漫画(Webtoon)をベースにしたファンションブランドだ。
これは普段我々が目にするグッズ商売とはちょっと違って、実際サイトで販売している服を世界観に落とし込み、それをキャラが履くことで広告効果を狙うといった、独特な仕組みになっている。(もちろん、ただのグッズもおいているが)
しかし以上の特徴は読者にとって、かなり議論を巻き起こす要素でもあった。
作品の連載が続くにつれて、これを作品の「個性」としてとらえるのか、勘弁してほしい「悪趣味」なのかへの賛否両論が読者の間で生まれつつあったわけだ。作者の意図とは別に、自分が見ているキャラが現実の誰と似ているのか、どういう服を履いているのかという要素は、読者の感想ともつながる。
そうやって芽生えた議論の火種は最後、Webtoonの業界全体を揺らす一つの事件へと発火してしまう。
検閲の強化にまでつながってしまったその事件を理解するためには、作品の内容を含め、韓国社会の特殊な背景を踏まえなければならない。それは今まで語ってきた『HELLPER』の「異端児」らしさとはまた違う内容になりかねないので、次の記事を通してじっくりと説明させていただきたい。